http://www.geocities.jp/utataneni/nature/new.htmlで加筆訂正します
しなければいけない用事にむかっていたが、午後、ちょっと家の田畑に行った。前日は雪が降った。例の沼は、氷に覆われて緑色になり、美しいのではないか。
田のふちに沿い、川を渡り、山の小道に曲がった。沼に着くと、さらに奥へ向かいたくなった。
山のなかからUターンして帰るころ、強い風が吹いてきた。「ふつうの人も山で死んだりする」と思った。
緑色の沼はかなり下に見えた。
雨が降ってきた。冷たい雨だった。家からそのまま出てきたから、カサはない。携帯もない。防寒具の帽子も手袋もない。
一時は雪がまじり、吹雪のようになった。むかいの山がななめに降る雪か雨でよく見えなかった。。とにかく寒かった。「放浪した小野小町になりたかったけど、現実はたいへんだ」
この日はほかにも忘れられないことがあった。山の小道の峠を過ぎたころ、通ってきた麓から、甲高い「ピー」という声が響いてきたのだ。人間の口笛だと思った。もう一回響いた。
でもわたしが麓を通ったとき、人の気配なんかなかった。それに人家から離れた山の中だし、狩猟期間も終わっている。時間帯だって、雪まじりの夕暮れだ。いる意味がない。
こわくなった。だから、口笛が響いたとき、「悪魔の声だ。わたしの犬を呼んでいるのだ」とか思ってしまった。わたしはパニックに陥ると、すぐに非現実的なことを信じてしまうのだ。
「犬が呼ばれてしまう」 わたしは走りだした。ちょうど下り坂だったので、どんどん走った。でも、人家はまだまだ遠い。
恐怖に駆られて逃げ出してはいけない。・・・・・・このことをまた守れなかった。
必死で走っているとき、ふしぎに思った。ほんとうに怖い人間に追われているのなら、山の斜面に分け入った方が安全だ。でも、わたしは目の前にのびている道をひたすら走っている。道があると、そこだけを頼ってしまうようだ。
家にはいると、窓の外は真っ暗だった。風で窓がガタガタ揺れた。そこから見ると、とても散歩したい気持ちにはならない。散歩している人がいるとも思えない。そんな暗く寒い野外を歩いていたのだった。
でも、赤いノイバラのつぼみを見つけた日でもあった。
(「ピー」という人の口笛は、鹿(シカ)の声だったのかも、そう思ってみたりしている。そのあたりで群を目撃した人がいるので)