読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2012よかった7冊『流れる』『アフリカの日々』『旅』+α

記憶の本棚−ほんの感想

『流れる』  幸田文
『アフリカの日々』 ディネセン
『旅』  谷川俊太郎・香月泰男
『読み解き源氏物語』 近藤富枝


4位
『流れる』 幸田文(新潮文庫)

 高校の図書室は文庫コーナーで、幸田さんの随筆に出会い、夢中になった。
 古書店の100均を愛用していたのに、高価な講談社文芸文庫『番茶菓子』『ちぎれ雲』『草の花』『包む』を書店で買った。
 二〇代、『おとうと』を提出物のテーマにしようかと思ったこともあった。
 同級生から「森茉莉がすごくいい」と教えられても、ぴんと来なかった。
 その後、『崩れる』『木』『雀の手帖』を読んで、トーン・ダウン。
 10代の頃は筆致の冴えに感嘆し、二〇代は円熟の世界にかえって物足りなさを覚えたのかな。
 一方で、生活の仕方に悩んでいたとき、『きもの』の一部はくりかえし読んだ。
(震災から半年後、新聞でふれられていたため、改めて関東大震災、その避難の場面を読み直し、震災の記録文学としてのすごさにやっと気づいた)


 で、『流れる』、これがとってもよかった。
 今、新刊として世の中にあふれ出ている文体、書き方とはまったく違う。
 最近、人気があると評価されている小説は、極端にいえば総じてライトノベル風ではないか。
 コミカルで単純か、あまりに感傷的な心理表現。
 仕事を描けば、仲間と団結して華やかな成功を収めるサクセス・ストーリー。
 非現実的なほど「美形」な人々。


 『流れる』はそういう軽さ、超現実性、爽快感とは離れている。
 でも、おもしろくてページをめくる手がとまらず、中年女性の梨花を応援し、苦難を乗り越える彼女の手際に喝采を送りたくなる。
 その危機はけっして世界を救ったり、社会を変えたり、文化的な価値あることをもたらすわけではない。
 食べて生活していく重さ、人と出会い別れ生きてゆく重さ、そしてそれらを幾分かでも軽くする術(すべ)があるように感じられるのだ。




5位
『アフリカの日々』アイザック・ディネーセン 横山貞子・訳(晶文社)

 池澤夏樹個人編集の世界文学全集(イサク・ディネセン名)で読み、好きになった1冊。
 全集のほうが改訳だし、解説もくわしいし、値段もほとんど変わらない。
 ただ、この本は単独で1冊であることと、表紙が気に入っている。
 パリ、クリュニー美術館のみたいな、「一角獣のタピストリー」
 見上げるユニコーンの屹立する角に、たぶん処女(おとめ)の手がふれているところ。
 この絵がディネセン、タニアらしいと、わたしは思う。
 あまりにも高貴、誇り高い、ということか。


 アフリカや、そこの人々、コーヒー園についての紀行文的叙述もいいけれど、わたしがくりかえし読むのは「農園への客たち」、著者とおなじヨーロッパ人が邸宅で過ごすところ。
 荒涼とした文化辺境におけるオアシスみたいなカレン農園に、自分が滞在したくなって、この章を読むのだと思う。
 そして、デニス・フィンチ・ハットンのくだり。

 
 彼女は、本当にデニスが好きだったのだと思う。
 報告が目的であるかのように描かれ、押さえた筆致なのに、彼女の思い、その時々の鼓動と感動が痛いように伝わってくるのだ。


 ふたりの結末は衝撃的だ。
 そして、死が必至であるトカゲを、著者が石で叩き殺すところ。
 わたしはこの無慈悲で、人為を善とするような場面が嫌いではない。
 彼女の全てであり希望でもあったような農園、アフリカの地、そしてデニスから、決定的に離別する時において(放逐されたともいえるのに、わたしは「決別する」と説明したくなる)、最高の場面に思われるのだ。


 この異色の傑作、アフリカ植民地文学に夢中になった人は、ルルを育てた料理人カマンテの書いた本があると知ったら、読んでみたくなるだろう。
 わたしも買ってしまった(『闇への憧れ もうひとつのアフリカの日々』)
 カマンテからの証言がある、多くの写真がある、アフリカの自然が生んだような絵がある。
 資料として最適だと思う。


 文庫で手軽に得られる『バベットの晩餐会』(『アフリカの日々』と同じく、映画化されたという)、これを読めば、著者がデニスに聞かせた物語がどういうものか、わかるのではないか。


 その上で、あらためて『アフリカの日々』について、著者とアフリカの出会いを言祝ぎたくなる。
 文字のみによる、教養と思索に彫琢された作品。
 時と地と人、天地人に恵まれた至高の作品が誕生した奇跡に感じ入る。



6位
『旅』 谷川俊太郎(求龍堂)

 連作詩「鳥羽」にアンソロジーで出会い、詩集『旅』を探して読んだ。
   本当の事を云おうか
   詩人のふりはしているが
   わたしは詩人ではない
この強烈な詩句が有名みたいだけれど、どの詩もよかった。


 それから、装幀が香月泰男の絵なのでびっくりした。
 とてもすばらしい。
 香月ははじめ、椿の小さな油彩画を見て、質感がいいなと思った画家だ。
 シベリア抑留で有名な画家だと知った時は、びっくりした。
 没後に出版された『香月泰男のおもちゃ箱』を持っているが、ユーモアのある人柄を感じる。
 『旅』ではまた別の、画量の大きさを見た感じがする。




7位
『読み解き源氏物語』近藤富枝(河出文庫)

 書店にて、映画『源氏物語 千年の謎』公式ガイドブックなる物の紫色の山の一角にあった。
 ガイドブックも、建物や衣装の写真を楽しんだ。
 源氏物語が好きなのである。
 読み解き本としては、
 田辺聖子さん(敬称をつけたくなる)の『源氏紙風船』ほか
 円地文子の『源氏物語私見』も
 橋本治の『源氏供養』、写真集『窯変源氏』(写真 おおくぼひさこ)も
 森谷明子の『千年の黙』にはじまるミステリー連作も
 小泉吉宏の4コマまんが『まろ、ん?』も
 丸谷才一の『輝く日の宮』も
 三田村雅子の解説(『芸術新潮』『NHK 100分de名著』)も
 『週刊光源氏』(なあぷる)も
 出口汪『源氏物語が面白いほどわかる本』も好きである。
 というか、すばらしいと思っている。
 そして、この本も、わたしの記憶の本棚に並んだ。
 そうなのか!と胸が高ぶる発見がいくつもあるのだ。
 思わず端を折ったページの多さ。
 こんなに心を満たされる知見が、簡単に手に入る一冊にまとめられている。


 今回、押し迫った年の暮れに、こんな極私的2012ふりかえりを、せこせこと書きこんでいて、新鮮な感動に包まれた。
 −−本って、すばらしい!!


流れる (新潮文庫)

流れる (新潮文庫)

アフリカの日々 (ディネーセン・コレクション 1)

アフリカの日々 (ディネーセン・コレクション 1)

香月泰男のおもちゃ箱

香月泰男のおもちゃ箱