久しぶりに山まで行ってみた

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久しぶりに山まで行ってみた感想。

標高は数百メートル。

ただ、展望台や中継塔が麓から見えて、地域の山々のなかでは目立つ方の山。

 

 麓から見ると、山頂の方にも新緑の木が点在していた。山全体が新緑になりつつある。

 淡く白っぽい、柔らかそうな若葉が何とも言えず美しい。

 山肌のあちこちに、紫色がかったピンク色のミツバツツジが咲いている。

 風は強いが、新緑を味わえる最高の日だった。

   それに山頂の桜の花はあまり散っていない。

   筑波山、日光男体山尾瀬の山(もしかしたら至仏山)、武尊山、谷川連邦、苗場山(たぶん)、白砂山(たぶん)、草津白根山浅間山まで、栃木県・新潟県・長野県との境の雪山が一望できた。

 遊歩道にいると、物音が。見ると、長いヘビが落葉の斜面をスルスルと滑り落ちるように移動していった。でも、縄が落ちるように落ちていったのではなく、自律的に動いて、速やかに移動していった。その動き方にも速さにも驚いた。ヘビすごい。

 ヘビは沢沿いの登山道にもいた。こちらも大きめのヘビだった。

 

別の日。

 目の前、全部が新緑。山全体は柔らかい新鮮なサラダのようだ。

 クマンバチに遭遇。今年初めて出会うクマンバチ。クマンバチは太っちょの愛らしいやつだ。目の前でホバリングしていた。

 山に入ると、空気が「緑」だと感じた。正確に言うと、緑ーー草木の匂いがする空気なのだけれど、緑の空気、という感じなのだ。それから、これは春の空気だ、と思った。

 スミレがあちこちで咲いている。地上のサクラ(サク・ラで、初めに裂ける・割ける・サケル存在の意味か)はカタクリ。でも、カタクリの生息場所は限られるので、多くの場所ではスミレが春の魁だ。紫色がかったピンク色のカタクリや、紫色、赤紫色、白色のスミレが地上のサクラなのだ。茶色く枯れきった山野に現れる、春を告げるネオンサイン、光を発する告知の看板。

 ウワミズザクラ(上溝桜)はまだ咲いていない。

 風がさわやかで冷たい。気持ちいい。

 茶色い落葉ばかりの地面に、たくさんの草が顔を出している。双葉、本葉、若葉。見る者の目に差し込むような、みずみずしい緑色だ。明るく光り輝く緑色。

 春を実感する。あちこちで若草が顔を出して、葉を広げ、伸びようとしていて。

 冬は完全に終わった、死に絶えた。確かにまだたくさんの落葉に覆われているけれど、自分たちが見ているのは冬の抜け殻に過ぎない。冬の消えゆく様相。かすかになって、消えゆく冬の幻影。現実には、無数の若草が春の空気の中へ飛び出してきているのだから。芽を出し、芽を伸ばし、茎を伸ばし、葉を広げ、空気中に浮遊している。上へ上へと。

 白いヤマザクラの花びらが、ひらりひらりと散りかかる。やっと咲いたと思ったら、すでに終わりかけで、もう季節はうつろっている。凄い勢いで時計の針が回っている感じ。

 遊歩道では新緑が美しく、まるで緑色のガラスの中にいるようだ。あるいは、美しい緑色の宝石の中。そして思った、こんなに美しいところがあるだろうか。他に。

 最高の時間、最良の時間だ。極めて美しいものを見ながら、自分が在ること。

 

 山腹を横断する遊歩道の脇には、黄色いヤマブキが咲いていた。一輪が大きい。

 山頂では、地面にたくさんの黒いアリが歩き回っていた。その上をたくさんの黒っぽい羽虫が飛び回っている。これも冬には見られなかった光景だ。生き物たちがうごめいている。虫も草木も。

 神社付近のサクラはまだ咲いていて、美しかった。こういう標高のある山では、銀色がかった淡い新緑と、桜の花が同じ風景の中にあるのだ。山に多くの人が住んでいたころは、新緑と桜の花がともにある風景こそ、春の風景だったのだろう。

 NHKの中継塔の裏の登山道では、赤いヤマツツジの花がけっこう咲いている。紫がかったピンク色のミツバツツジもまだ咲いている。ヤマザクラの白い花と、淡緑の若葉もある。いろいろな美しいものが、この尾根では一度に楽しめる、そういう季節だ。

 その中で、深紅で華やかなヤマツツジは、やっぱり春の山の女王。あるいは風格のある大女優(スター)という感じがする。

 

 学生のころ、桜が散るのをなにともなく見ていたら、「死ヌヨ」「今死ヌヨ」という声が聞こえてきた気がした。もちろん錯覚、思い込みだが、それ以来、桜が散る様子にはその印象がつきまとっていた。けれども、この日は、春の始まりを告げるカーテンコールに感じられた。桜が咲いて、人々は喜んで、それはすてきな時間、劇(ドラマ)だったけれど、やはり終わりは来る。でも、寂しいことではない。次の美しい季節が始まるのだから。

 それに、桜の花が散るのは、時がうつろっている証(あかし)でもある。物語の中のように、常に四時の花々が咲き誇っていたら、恐ろしい。桜が咲くのも、散るのも、時計が時を教えてくれるようなものだ。

 美しい楽しいお芝居が終わって、幕が下り、そこに降ってくる花吹雪。でもそれは、また別の美しい楽しい季節がやってくる徴(しるし)でもある。終わりであり、始まり。散花は、新しい始まりを告げる兆しの風景だ。

 

 山頂の尾根には、若草がほとんど出ていない。

 ヤマツツジの群落の美しさに打たれた。真っ赤ではない色。なんと説明すればいいのか。ヤマツツジの色としか称えようがない色合い。美しくて、「称賛称賛」という気持ちでいっぱいになる。

 大きな黒い蝶が、ひらひらと飛行していった。紋様が青緑色に光っていた。

 クマンバチ、羽虫、蝶。春の訪れを告げる天使が多すぎる。アナウンシエーションの季節。春は、アナウンスの季節。あらゆる生き物が春をアナウンスしている。実況中継している。告知に満ちている季節だ。

 ホタルのいる川(赤谷川)の水の中が黒い。よく見ると、オタマジャクシがいっぱいいる。

 春はほんとに、あらゆる生命(いのち)が張ってくる、張り、広がってくる季節なのだなあ。

 

別の日。

   日差しはけっこう強く、あたりは温気(うんき)が充満している。春、爛熟という感じ。

 道は桜の花びらでピンク色。そこへさらに花びらが静かに降ってくる。ここに来るまで、山、丘陵の新緑の中に桜が点在していて美しかった。

 道はまるで、ピンク色の水玉模様の道だ。ドット柄の道。そこへ何かの映像のワンシーンのように、花びらが降り続く。盛んな鳥のさえずりと虫の羽音。春が祝祭されている感じ。

 水路の脇には、紫色のスミレの小さなサークル(円形の株)がてんてんと続く。こちらは一株一株が、すてきな花束に見える。まるで、春に捧げられた花束のような。

 絶えず聞こえる虫の羽音も、鳥の歌う声も、全てが春への「奉献」のように思われる。

 ヤマツツジに、赤いふくらんだつぼみが沢山ついている。こちらはキャンドルやシャンデリアのようだ。

 気がつくと、空気が甘い。実際には甘やかな匂いなのだろうが、実感としては、甘い味わいがする。

 黄色いヤマブキの群落が、波打つ海みたいになっている斜面がある。

 茶色い落葉に覆われた地面から、たくさんのつる草が伸び上がろうとしている。つるの先端がくるんと巻いている草もある。空中に絵を描こうとしている生き物に見える。アートのオブジェというよりは、美しい曲線を描く線画そのものに見える。

 

 尾根の岩を切り通したカーブを回ると、新緑と桜に包まれた山体の一部が圧倒的な大きさで迫ってくる。重量感(ボリューム)のある山が、もこもことした新緑と桜に覆われている。美しい。人工では造れないだろう。極限のアートのようだと思う。

 足元には白いチゴユリが咲いている。

 ヤマツツジが咲いている。やっぱり、ヤマツツジが山や春に捧げている花束に見えてしまう。このツツジの色は赤でも真っ赤でも朱色でもない。ヤマツツジの花の色、としか称えようのない美しい色である。

 群青色で、リンドウの形をした花がてんてんと咲いていて、こちらも美しい。ブルースター、ブルーアイとでも呼びたい感じがする(筆竜胆/フデリンドウ)

 薄紫色と白色ののシャガも咲いている。固まって咲いているところもある。たくさんの花が立ち上がって咲いている様子は、群舞するダンサーに見える。実際には直立しているだけなのだけれど、ダンスで直立している美しい一場面に見える。それから、大合唱にも。すてきな装いをした春の合唱団。

  スミレはもっとあちこちで咲いている。カタクリよりも適応度の高い春の徴(しるし)だ。

   牛伏山を「花の山」と言った人があるように、地上も梢も花だ。そして、淡い色合いの新緑が美しい。極楽とは、こういう所なのではないだろうか、と思った。

 

   山頂も空気があたたかい。少し前に雪が積もったことが信じられない。もう冬には戻らない確信がする。

   木陰――冬にはなかったこかげ――は涼しく、山を伝わってくる風はさわやか。気持ちいい。

   神社、NHKの中継塔の裏の登山道では、まだ咲いているミツバツツジもあるが、終わった木の方が多い。ミツバツツジもサクラもカタクリも、空気がまだ冷たい時に咲き始めるのだな。

 「赤い」ヤマツツジの群落が華やかに広がっている。まるで、パーティーを開いているようだ。春を祝する宴。

   南面の山腹には、ウツギ、イチゴ系、ウコギかアオダモの白い花々も咲いている。

   この日は前よりもあちこちでトカゲが飛んで行った。ほんとうに飛ぶように移動していく。先日のヘビといい、地上を這うものたちが活発に動いている季節なのだなあ。

  ふと道から下を見ると、真っ白で、ふわふわした雲のような木の花が満開だった。ウワミズザクラ!  春の山は大ニュースの連続だ。