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センター試験で読む『源氏物語』−エリート夕霧の恐ろしい愛−

記憶の本棚−ほんの感想


 「大学入試センター試験にいい思い出がない」とか「興味がない」という人もけっこういるかもしれない。
 自分もそうであったが、そんな方々にも、国語の本文(テキスト)を名文のアンソロジーとして読んでみることをおススメしたい。
 評論(大問一)は新鮮な思想を知ることができるし、小説(大問二)は今年、収穫のひとつだった。


 「岡本かの子って、こんな生きのいい小説を書いていたのか。
 戦争中の1938年に、こんな自由な感覚の小説が書かれていたんだ」と目を開かされる思いがして、昭和文学史を実地で知ることができた。


 国語のテストにはいろいろと批判がある。
 ただ、入試とくにセンター試験は、優秀な人も評価しなければならないから、18歳、17歳の多くの若者にとって難しく感じられる文章や、短時間かつプレッシャーの下では正解に辿りつきにくい問題も出される。



 小説だったら、“大人の味わいの小説”。
 心情を述べる主人公が年上なのはむろん、中年の家庭持ちだったり、離婚していたり、はたまた高年独身だったり、舞台は過去で(今年の「快走」)、しかも外国だったりして、高校生が体験したこともなければ、夢見たこともない人生の苦さが描かれていたりする。
 興味を引くような小説が出題される県立高校の入試とは違うし、読書好きの高校生でもあまり読んでいないだろう小説ばかりだ。



 共通一次をふくめ初めてだという「源氏物語」も、樋口一葉、長谷川時雨、与謝野晶子、円地文子や白洲正子、田辺聖子が学生だったころなら(女性は国立大学を受験すらできなかったが!)、若いファンもいたため出題されなかったろう。
 (父親で天皇の夫人――しかも第一夫人、中宮(AKBでたとえればセンターか)――と密通し、その子を夫人と源氏とで帝に即位させるというストーリーや、自由恋愛という基本設定から“禁書”扱いだったろうが)



 「源氏物語」はいま、高校レベルの古文学習のゴールである。
 「源氏物語」が読めれば、大学入試の古文は完璧、とされている。
 たぶん学びはじめは、いかにも大河小説の格調ある始まりみたいな有名な冒頭。

 いづれの御時(おおんとき)にか
 女御(にょうご)・更衣、あまたさぶらひ給ひける中に
 いとやんごとなき際(きわ)にはあらぬが
 すぐれて時めき給ふありけり。


   「桐壺」


 次いで北山での垣間見(かいまみ)。走ってくる、紫ちゃん(と思わず呼びたくなるような)女の子のかわいい言動。

 中に十ばかりやあらむと見えて
  白き衣、山吹などのなへたる着て
   走り来る女子
    あまた見えつる子どもに似るべうもあらず
     いみじく生い先見えて、うつくしげなるかたちなり。
      髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして
       顔をいと赤くすりなして立てり。

 
         「若紫」

 日本文学史上有名なヒロインは、泣いたためか、怒っ(て泣いた)ためか、赤い顔で登場。
 読者に届く第一声は、「雀の子を、いぬきが逃がしつる!」


   (「!」はこんな感じかなと、勝手に付けました)
 姫君はなんと野鳥のヒナを捕まえ、(軒下に巣作りを発見したときから虎視眈々と狙っていたのではないか)、籠に閉じこめていたのだ(おそらくリリースなんて考えていない)
 祖母尼による「罪得ることぞ」というお叱りも、逃がしたいぬきも正しいと、大人のわたしは思うが、いかにも子どもらしくて愛らしい、共感を呼ぶ姿だ。



 ――「いぬき」なる女童も、いかにも子どもらしい。
 のちにも、追儺(ついな/鬼払い)をするといって「いぬきがこれをこほ(ぼ)ち侍りにければ」と元旦早々、お人形遊びセットの破壊を、紫の上に告発されている(「紅葉賀」)
 光源氏にも「げに、いと心なき人のしわざにも侍るなるかな」と嘆かれる(年下の姫君と仲良くなるために仮想敵にされた)この少女に、わたしは学生時代から親近感を覚えてきた。
 いぬきは残念ながら、この後出てこないが、どんな人生を歩んだろうか。
 もし、近江君(おうみのきみ)と出会えば、仲良くなれたのではないか。
 (近江君は頭中将、センター出題部分の「おとど」の娘で、すごい早口。
  田舎育ちで教養がなく、貴族から非常識な歌や言動が嘲笑される。
  ただ、現代の人からすると、真っ正直で一途、と評価されるかも)――



 センター試験の古文にも傾向がある。
 ・和文が完成された平安時代(風)の文章。
  古い助動詞や古今異義語が用いられ、表現の省略・朧化も多い。
  (鎌倉時代の文章は漢語まじりの和漢混交文になるし、江戸時代の出版物はくだけた話し言葉で、わかりやすかったりする)
 ・勉強していなければわからない敬語が用いられている。
 ・人物が複数登場し、それぞれ年齢や身分が異なる。
 ・物語だったら、恋愛の話で三角関係、一人は本文に登場しない。



 ‥‥要するに「源氏物語」のような、しかし世の中ではほとんど無名の(つまり価値の高くない)物語が探し出されてきた、といえるのではないか。
 「源氏物語」の出題は正攻法として評価したい。



 授業で「源氏物語」をやっていたって、入試を意識した学習だと文法中心で進度も速く、おもしろくないかもしれない。
 国語の教科書は保存しておくとおもしろいけれど(たまに読み返したりすると、とてつもなくおもしろい)、「古典」は簡単な注しか施されていない。
 ――でも、勉強も試験も関係ない人は、わかりやすい現代語訳や、おもしろい解説書、マンガなどを自由に組み合わせて楽しめばいい。
 純粋に読書として楽しむことができる。



 ・円地文子『源氏物語私見』(講談社文芸文庫)・現代語訳『源氏物語』(新潮文庫)
 ・近藤富枝『読み解き 源氏物語』(河出文庫)
 ・小泉吉宏『まろ、ん? 大掴源氏物語』(幻冬舎)
 ・『新日本古典文学大系 源氏物語』
 新聞掲載のセンター試験と、こういう本のおかげで半日遊べた。
 「夕霧」からはじまって、思い浮かぶままに、「若菜」「柏木」「浮舟」「蜻蛉」「手習」などを行きつ戻りつ、あちらこちら拾い読みして。
 「夢浮橋」は一巻読んだ。
 (有名な最終巻だが、短い。浮舟が自立しはじめる「手習」に付随したエピローグのようだ)



 出題された「夕霧」の巻は、源氏物語の後半だ。
 夕霧はスーパースター光源氏の(戸籍上)唯一の息子。
 顔よし、頭よし、スポーツ(蹴鞠)も、楽器の演奏も得意。
 そのうえ、父親の源氏と違って女性にまじめ、妻を大切にする。
 まるで、物語に登場する理想の貴公子なのだが‥‥


 出題部分は源氏物語の美しくも、息詰まるような正調とは異なるホームドラマ、世話物のような場面。
 同級生が惹かれ合い、親の反対を乗り越えて結婚したけれど、子どもも増えて約十年、夫(出世しているエリート)はセンスのいい女性と不倫。
 怒った妻、雲居雁(くもいのかり/お嬢様育ちの専業主婦)が独身気分に戻れる、居心地のいい実家から帰らなかったところ、舅(上司でもある)や世間の目があるため、夫は迎えに行く。
 しかし、妻にも子どもたちにも、どうしようもない嫌みをぶつけるだけ‥‥


 わたしにはそんな風に思えてしまうが、それよりも、センター試験リード文に「心奪われ、その女性の意に反して、深い仲となってしまった」と説明されている夕霧の不倫相手、落葉宮(おちばのみや/皇女)との話のほうに興味がある。
 以前から。
 不倫と書いたけれど、夕霧はストーカー、落葉宮はその被害者にしか見えないのである。
 しかも、夕霧のストーカーぶりは恐ろしい。



 夫(柏木)が死んで傷心の落葉宮を、夫の親友という立場にことよせ、しつこく訪問。
 手紙(ラブレター)を拒絶されても意に介さず、とうとう家の中まで侵入し、間近まで迫ってくる。(キャー!)
 母宮(一条の御息所−みやすどころ−)は一人娘が夕霧にもてあそばれたと誤解し、ショックのあまり死去。
 母宮を頼りに生きてきた落葉宮にとって、夕霧は断じて許せない存在だ。
 それなのに、夕霧は世間に対し、落葉宮と肉体関係があると思わせている!
 しかも、落葉宮が母宮の家から自宅に帰ると、なんと勝手にリフォームされていて、夕霧が夫面して待ち構えているのだ!!

 

 書いているだけで、身の毛もよだち、震え上がるような恐ろしさ。
 自宅――もちろんお付きの人間たち――まで乗っ取られた落葉宮は絶望し、塗籠(ぬりごめ/家の内部にあって、寝室にもなるという。広〜いウォークインクローゼット、一昔前の民家にたとえると押し入れみたいな存在か)に逃げ込むが‥‥



 経済基盤のない、零落するお姫様がむりやり肉体関係を強要されるも、お付きの人間たちはその“結婚”を大歓迎する。
 (夕霧がこのあと、塗籠に入れることになるのも女房の協力ゆえ…)
 こういう展開は「源氏物語」で初めてではなく、わずか14歳くらいの紫の上だってそうだった。
 しかし、孤独な状況でたった一人抗い、源氏を許さない紫の上には若々しさ、凛々しさがあった。
 「夕霧」の巻には、DV、ドメスティック・バイオレンス、“精神的な暴力吹き荒(すさ)ぶ世界”、という言葉が浮かんでしまう。


 (この点、最高権力者(帝)のレイプを、超能力で撃退したかぐや姫の物語(竹取物語)は、まさに古物語で伝記物語。
  超現実的だが、痛快でもある。
  ひるがえって、「源氏物語」は、過去に仮託した現代ドラマだと実感させられる)
 


 上流階層の男性との不毛な性愛は、すでに源氏物語本篇でも見え隠れしていた。
 ――若く理知的で魅力的なヒロイン、玉鬘(たまかつら/夕顔の娘)の物語の結末や、その後日談の「竹河」だってそう――
 そして、このテーマが、紫の上の亡くなる「御法(みのり)」などでも書き進められ、“宇治十帖”にいたっては、正面から追究されたのかなと。
 物語のはじめは都での心ときめく恋愛を中心に、センター出題部分のようなコミカルなホームドラマも挿入されている、豪華絢爛、あざやかに彩色された王朝絵巻。



 ところが、光源氏亡き後の物語では、宇治(洛南)や小野(洛北)など都の外を舞台に、若い男と女たちが心と体をもてあまして動き回る、愛に見えて愛じゃない出来事だけが抽出されている。
 紫式部が最後に書いた“宇治十帖”はまるで、墨の線のみの絵コンテ(マンガのペン入れ・トーン張り前の下描き)のような、小説でいえば現代の芥川賞系、純文学みたいな感じだ。
 平凡な感想だが、源氏物語は傑作である。

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

源氏物語 1 (新潮文庫 え 2-16)

まろ、ん?―大掴源氏物語

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