登場人物の三姉妹が描き分けられているすてきなカバー(画・木村彩子さん)の単行本を裏返して、ハッとした。「あ、榛名湖と榛名富士!」
山と湖面、手前に梢、という風景の絵が、よく観光用に使われている榛名湖の写真とそっくりに見えたのだ。
読売新聞で終わりのほうを読んでいた時は、のんびりとした感じが心地よかったけれど、本で始めから追っていくと、冗長なところもあった。
(連載時期からすると、もしかして、絲山秋子の『作家の超然』で、「どうして新聞小説は体育の授業で怠ける高校生のようにだらだらと力を抜いて続くのか」と書かれている小説のモデルの一つなのか??)
しかも、要(かなめ)の場面はわたしからするとご都合主義的、甘く中和されたようなラストは小学校高学年向けの小説にありそう、とまで思ってしまった。
何より残念なのが、設定にリアリティがあまり感じられない点。
現実の榛名湖畔と比べてしまう。
作者によれば、北関東の行楽地にモデルがあるという。
それを知らずとも、山上の湖畔には小さなロープウェー、観光客向けの飲食店・お土産店があり、路線バスが通っている。
季節のうつりかわりは、下界と微妙にずれている。
山腹には源湯が流れ、石段が有名な大きい温泉街。
山麓には、新幹線の停まる商業都市があり、東京へは1時間ほど。
おのずと、群馬県の榛名山、伊香保温泉、高崎市、高崎駅前を連想させられる。
もちろん、舞台は現実の榛名湖ではないし、小説の読み方は自由だ。
けれども、わたしには『あかりの湖畔』と、現実の榛名湖畔は対照的な存在に見えてしまう。
この小説はほんとうに現代を描いているのか? というモノサシのように。
“あかりの湖畔”のわりと近くで働いていたとき、山道を運転して上り、ごはんを食べに行ったりしていた。
観光客向けの洋風なお店などが、町の食堂と違っていて、新鮮だった。
もともと、樹林と湖面の、まさに畔(ほとり)の風景が好きで、お店で洋食など食べて、うっとりとしていた。
確かに自分の子ども時代から、流行に取り残されたような、時間が昭和で止まっているような感じはあった。
けれども近年、イルミネーションや花火大会が知られ、合併後は高崎市の観光の顔が、少林山から榛名山へと一気に代わった。
広い面積を占め、それなりに元気な地方都市の観光地のまずトップとして大きく扱われている。
軽井沢みたいに都会的に変貌し、観光客が激増したわけではないが、現実の“あかりの湖畔”には、小説の三姉妹やそのほかの登場人物があのように暮らしているとは感じられない。
――そして、それは日本のどこの“あかりの湖畔”でも、同じではないか?
『あかりの湖畔』では東京への憧れ、自由と創造に満ちた東京への脱出が強調されている。
ところが、実際には進学・就職による流出(そして永遠に戻ってこない)はあっても、「とりあえず、一度くらいは東京で暮らしてみたら?」と説得したくなるほどに、地元定着志向は強い。
メディアでも日本の社会問題として取り上げられているように。
もし、トトらが現実の“あかりの湖畔”に生まれ育ったなら、観光による地域興しの活動に幼なじみらと取り組んで、市役所や県庁、上毛新聞ら地方紙、大手新聞の支所にもいくらか関係があるだろう。
ヒルクライムなる自転車レースや湖畔周回マラソン大会などのスポーツイベントにも携わったり、「ぐんまちゃん」(群馬県のゆるキャラ)の写真集撮影にも立ち会っているかも知れない。
細部にも気になるところがあった。
たとえば、山頂の湖畔に住みながら、山麓の都市の普通高校で吹奏楽部の活動をし、門限が7時って、無理では。
吹奏楽部は夜も休日も練習、一致団結してコンクールを目指している運動部的なイメージがある。
それから、学校へ行かなかったり居なくなったら、連絡がくるはずだ。
たしかに、小説は日常を離れた、ゆったりとした世界を描くから魅力的である。
そのために舞台がすこし前の時代や子ども時代、江戸時代なのはよくあること。
けれども、現代が舞台のこの小説世界に、わたしは自分の持っているリアリティ、地方に暮らすリアリティによって、どうにも入っていけなかった。
もし作者が地方に住んでいるのなら、こうは書けなかったのではないか?
首都圏や都市に住む読者に向けて、沖縄のように或る場所を一種の楽園、救済の土地として描く目論見なのか?
穏やかに流れる日々。家族や幼なじみ、同級生からなるあたたかい人間関係。育った土地への愛着は止めた時間・過去へのこだわりであり、凍結された記憶から軽やかに解放されるという展開。
こういった要素が底調になっている小説に惹かれるだけに、残念だ。
同じ現代、同じ場所――榛名地域や高崎市、群馬県――が関係している、あるいは、かつての活気など消え失せ、急速に沈降している今の地方、田舎が描かれているのに、どうして絲山秋子の小説にはリアリティが備わっていて、キレ・切れまであるのだろう。
斬新さが光り、この貧しく閉塞的な地方の日常を超えていく、という爽快な感覚を楽しめるのだろう。
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