荒川洋治さんの文章が好きだ。
平明な文章なのに、語り口が人なつこくて、いろいろ教えられるのだ。
こうした作品を知ることと、知らないことでは人生がまるきりちがったものになる。
それくらいの激しい力が文学にはある。読む人の現実を生活を一変させるのだ。文学は現実的なもの、強力な「実」の世界なのだ。
「文学は実学である」より(『忘れられる過去』所収)
この一節に引きつけられて、ページのはしっこを大きく折った。
わたしが年末のランキングに書き込んだ『川の光2』(松浦寿輝著)を思い出したからだ。
あのころは、新聞の連載を楽しみにして、それが生活のある種の基軸となっていた。
毎回の展開、とくに末尾の一文に一喜一憂し、うわごとのように「タータが」「タミーが」と話して。
それは、自分にとって新鮮な体験だったけれど(ディケンズの小説を楽しみにしていたイギリスの人たちはこうだったのかな、と思ったけれど)、荒川さんのいうように、本質的に文学は「生活を一変させる」ものなのだ。
この文章、続きの末文もすごい。
科学、医学、経済学、法律学など、これまで実学と思われていたものが、実学として「あやしげな」ものになっていること、人間をくるわせるものになってきたことを思えば、文学の立場は見えてくるはずだ。
どうしても原発の破壊事故を想起してしまう。
2002年に発表された文章だという。
予見している文としか思えない。
粛然となる。
最後に。
「こうした作品」として列記されているものを、わたしは一つも読んだことがない。
ただ、「詩なら石原吉郎」のみ関わりがある。
それも一編だけ。
教科書に載っていて、力強さに惹かれた。
今回、ここに書き写して、自分に聞かせる年頭の辞としたい。
麦
石原吉郎
いっぽんのその麦を
すべて苛酷な日のための
その証しとしなさい
植物であるまえに
炎であったから
穀物であるまえに
勇気であったから
上昇であるまえに
決意であったから
そうして何よりも
収穫であるまえに
祈りであったから
天のほか ついに
指すものをもたぬ
無数の矢を
つがえたままで
ひきとめている
信じられないほどの
しずかな茎を
風が耐える位置で
記憶しなさい
『いちまいの上衣のうた』
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