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3年前に読んだポントルモの日記

2004年の春に書いたものです。今回、少し直しました。
見方が今とちがうとこもあり、自分でも他人の文を読んでいるような不思議な気持ちです。


ささやかな記憶の本棚(ほんの感想)2より
http://www.geocities.jp/utataneni/books/list2.html


 6年くらい前だったか、たまたま国立西洋美術館のエルミタージュ美術館所蔵品展に入った。
 フラ・フィリッポ・リッピの絢爛な宗教画(豪華な服をまとったおじいさんが小川にいた記憶がある。小品)や、裸のエヴァ(イブ)がりりしい男にしか見えない絵や、猟犬が立っている小箱だったか、などがあった。
 その会場で、べつの展示室に入るとき、ふと、右がわの縦長の絵を見たら、暗がりに立つ幽霊が描かれていた。
 タイトルを読んでびっくりした。聖母像か、三位一体らしい。

「こんなにうつろな目をして、無気力そうで、背後霊にしか見えない人を聖人として描くなんて」と、とてもびっくりした。それが、ポントルモの作品だった。



 この本は、「×日 夕食に卵の魚を食べる」というような記述がつづく。
 そこに挿入されている出来事はせいぜい、友人と会ったり、でも、一緒にごはんを食べなかったり、街の食堂でいくら払ったか、絵画のどこを制作したか、家事手伝いと揉めたりという、些細なもの。


 本書に収録されている彼の手紙(彫刻と絵画とどちらが優れているかの見解を評論家?ベネデット・ヴァルキに述べたもの)は、控えめで謙虚な物言いのうちに、言葉とレトリックを駆使して、自分の主張を伝えている立派な小論文である。
 ポントルモは他人が見ると、こういう人物であり、健康に対する戒めを冒頭に置く“ポントルモの日記”は、彼が義務としてメモした健康日誌だったのではないか。
 友人の間では出ていたかも知れない彼の一面も、しっかりと表れているが。ポントルモは、自分の健康に強い関心をもっていた。それは異常とまではいかないまでも、強迫観念に近い感じ。とっても自分の体を大切にしている。
 

それから、単調な記述、平穏を望んでいる態度は、彼の描くフレスコ画の、色の面を思わせる。
 ・・・なーんて、絵も心理学もわからないのに思った。