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画家デューラーの旅日記をよむ

画家の日記1 デューラー
『ネーデルラント旅日記 1520〜1521』前川誠郎 訳・注 朝日新聞社、1996年


 画家の講演会を聞きに行ったら(無料)、ドローイングがたくさん展示されていて驚いた。なんてサービス精神旺盛なのだろうと。
 しかし、この本にみられる16世紀初期の画家、アルブレヒト・デューラーのサービス精神は、すごい。 



【デューラーの商売っ気】
 デューラーは商人だったのだ。現地の有力な政治家や富裕な商人、および、皇帝からエラスムス、ヨアヒム・パテニール(パティニール。ふしぎな広がり感のある風景画を、わたしは思い出す)、クエンティン・マッサイス(黄金の金属質なきらめきと、静謐感のあるキリストの絵を見たことがあるかも)、といった有名な人物に会いまくり、食事をともにし、お金をもらって肖像画を描き、故郷ニュルンベルクからもちこんだ作品を売りまくる。




【ほとんど、あるいはちっとも書かれていないもの】
 『ネーデルラント旅日記』は、現代の人がタイトルから予想するような旅行記、紀行文とはかなり異なるだろう。西洋美術史に燦然と輝く油彩画と銅版画の巨匠デューラーが馬車でごとごとゆく中で、ミューズからインスピレーションを得て、思わず表現した感性豊かな風景と人についての記述、芸術への熱い思い、現代なら芸術と相反するものとされているような為政者への舌鋒鋭い批判、といったものは、現代の人が期待するような激しさ、量では明記されていない。あるいは全く記されていない。


 
【収支報告書】
 どのページを開いてもいい、たいていそこには「大鹿の蹄(ひづめ)に金貨1グルデン払った」だの「賭けで6シュトゥーバー敗けた」といった文を見るだろう。グルデン、シュトゥーバーは貨幣の名前である。
 この本にはたくさんの種類の通貨が登場するが、解説にまとめられていてわかりやすい。ちなみに、当時の1グルデン=5万円、1シュトゥーバー=2千円くらいらしい。
 デューラーは、スペイン産の黒い毛皮がついたシルクの上衣(コート?)をあつらえて、150万円も費(つか)ったようである(訳者前川さんによると、正確には約138万円〜166万2千円らしい)



【デューラー家の金銭管理者】
 執拗なまでの金額の記録の間からは、デューラーのケチぶりもうかがえる。たとえば、奥さんアグネスと女中が人様の家に招かれたため食費が浮いたことを記している。
 デューラーが外でごちそうにあづかる一方、奥さんと女中はふだん自炊だったようだ。デューラーは自分の留守中の奥さんの買い物の品、金額もチェック。
 自分の買い物や、贈られた品物の値踏みも怠りない。「自分が相手に贈ったものより××グルデンも価値がある」といった記述もあり、旅先の宿でノートに書き付けながら、「ムフフ」と漏らすデューラーの哄笑すら聞こえてきそうだ。



【デューラーはケチ?】
 日記といってもデューラー家の家計簿(お金の管理は夫がにぎっていたようだ)、“美術制作 デューラー屋”の出納帳。
 この旅自体、神聖ローマ帝国カール5世(スペイン王国カルロス1世。ドイツ王でもある)から、年金をもらうことが第一目的だった。約束されていた年金の権利を獲得するため、いわば、闘いの旅に出たのである。
 この最初の目的はかなり容易に達せられ、デューラーは画家としてはかなり高額な収入を確保できた。ところが、彼は最後の方でお金についてまだぼやく。
 当地の女王マルガレータ公にいろいろ贈り、仕事もしたのに、何にももらえなかった。今回の旅は損害を蒙った!



 この本が映し出すのは、デューラーの締まり屋ぶり、もとい、経済観念だけではない。わたし自身の画家と経済のイメージも見出すことができる。
 わたしには画家が経済の面でみせるイメージとして、次のようなものが根強くある。
 清貧。金儲けに関心がない、むしろ嫌悪している。のみならず、貯蓄も下手。金銭管理に疎い。奥さんの補佐がなければやっていけないし、破産する。
 加えて、対人面での性格なら気むずかしい、がんこ、内気。
 美しい風景、魅力的な事物に遭っては、純粋に称賛する。



 この本から見てとれる、デューラーのお金への関心、取り扱い方は、異常であろうか。否。当時のヨーロッパの都市で、生計を営み、人並みに暮らしていた人(市民)としては、平均的なのではないだろうか。




【生を楽しむ】
 しかも彼は、井原西鶴が活写した喜劇的な人物にみられるような、単なる吝嗇家ではない。
 「ルター逮捕さる」のニュース(結局は誤報)に接するや、その大きなショックのままに、哀悼の長い文章をつづった。ルターが殺害されたと思ったのだ。家計簿に挿入されたその文章は、怖い顔をした人々が刻まれているデューラーの銅版画と似通った激しさと、劇的で、動きに満ちたものが感じられる。
 この有名な文章には宗教観が披露されているそうだが、わたしにはわからない。しかし、デューラーが聡明で賢く、理性的な知識人であったふうには思えない。むしろ、どこか頑なで、せっかちで、朴訥だから、かえってデューラーを人間として信頼できる気がする。


 デューラーは前に紹介したように、上衣に大金を払った。前川さんは衣装道楽と書いている。美装家だったのだ。
 旅のおわりに経済的損失を嘆くわりに、買い物も多い。なかには、鑑賞用だろうか、絵筆をとりながらもてあそぶオブジェとしてだろうか、水牛やら牝牛、牡牛、野牛やらの「角」なんてのも、時々買っている。
 妻と女中を滞在先に残し、自分は小旅行にも出ている(今で言うと、「せっかくここまで来たんだし、オプショナルツアーで、有名な観光地にも足を伸ばしておこう」みたいな感じであろうか)
 食事も好きそうだ。それなりの美食家だったのではないか。


 美装、美食、そして金儲け。だが、彼がもっとも好きだったことは、めずらしい事物、魅力的な事物を見ることだったように思う。
 たとえば、ブリュッセルで王宮の動物園や、メキシコから王への贈り物(純金製の太陽、純銀製の月、武具など)、巨大な魚の骨などを見たという記述のシンプルでありながら、喜びに満ちていること。博物的なものへの関心が高かった時代なのだろうが、画家の純粋な好奇心、揺れ動く歓喜が伝わってくる。
 実はこの前には、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(ロジェ)の絵画も見ている。しかし、デューラーにとっては“メキシコ文物展”(前川さん)のほうが格段に魅力的だったのである。なお、ウェイデンはネーデルラント絵画史初期の、ヤン・ファン・エイクと並び称されるような画家で、絵を見る信者の感動、哀憐、感情の高まりを引き出すようなキリストの十字架降下図(磔刑のあと。倒れかかる蒼白のマリアなど?)が有名。(だったと思う)


 それから、これも前川さんが挙げているけれど、高潮で大きなクジラが打ち寄せられた話を聞くと、くわしく日記に書き留め、数日後には「真冬の寒さを冒して馬に騎(の)りまた船に乗って」(前川さん)見に出かける。結局、クジラは波に運ばれていなかった。 
 デューラーは眼の楽しみを大切にした人だったように思う。珍奇なもの、美麗なもの、かわいいものを愛玩したことだろう。 



【多面体デューラー】
 マルガレータ女公にいろいろ贈り、仕事もしたのに、何にももらえなかった。今回の旅は損害を蒙った!


 まるで、今回の旅は失敗だった! とまで叫んでいそうなこの嘆き。しかし、あらためて読むと、「なんて率直な人だろう。」と思う。

 優れた画技をもつ少女(当時はめずらしい“女流画家”(ママ)スザンナ・ホーレンバウト。のちにイギリスで蔵相と結婚)に出会って記した、純粋な称賛。そういった、読む人の感動を呼ぶような態度を、お金の収入と支出に関してはとっていないデューラー。
 ルター哀悼文にみる高潔な信仰心篤く、正義を愛するデューラー。
 食事を楽しみ、服に大金をはたき、眼に快いものを求めるデューラー。
 それから、彼の残した作品、スケッチから浮かびあがる、卓越した画家デューラー。


 この本には一見、お金のことばかり書かれているけれど、そこからみてとれる画家の姿は、ゴッホや、モディリアーニのような、死に至るほどの極貧ではなく、清貧でもない。かといって、吝嗇一辺倒でもない。
 ただ、いろいろな面をもつ人間である。いわば、わたし達と同じなのだ。ごたごたしたものを抱えもつ、人間味ある人間。
 そして、そうはいっても、皇帝、王、富裕者さまざまな人に招かれ、イベントや各地の物見遊山をまわっていて、うらやましい、楽しそうな人生を送った人だ。いくら自分自身に、「わたしは極東から正反対のヨーロッパ文明の地まで旅行し、テレビ・インターネットで多くの物を見たではないか」と言って聞かせてはみても、西ヨーロッパの一地域を旅したアルブレヒト・デューラーがうらやましい。



【おわりに】
 この本のことを知ったのは、朝日新聞の日曜日の書評。池内紀さんが書いていたのかもしれない。それを2005年の12月に買って(注文だったか?)、しばらくはくりかえし読んでいた。いまでも、自分としては愛読書である本の場所にある。