http://www.geocities.jp/utataneni/nature/new.htmlで加筆訂正します
埼玉県の秩父地方(奥秩父)の山もよかった。三峯神社、大滝村とかのあたり。けわしくて、雪が積もっていた。
甲府市の山梨宝石博物館では、美しい宝石、鉱物を見た。ひとつ200円の小さな虎目石や何種類かの水晶、銀色のヘマタイトを買った。ほかのお店では、紫水晶を買った。900円近く。
諏訪湖畔のサンリツ服部美術館は、優美なものや、豪快な古美術があった。朝鮮王朝時代の壺の龍が心に残っている。有名な美術品が多数所蔵されているようだった。
諏訪市博物館も、ちがった意味でよかった。精巧でふしぎな形の縄文土器に魅了された。なんだか妙に熱いような独自の観点の説明文も印象的だった。
でも、この旅行でいちばんすばらしかったのは自然。
夜見た諏訪湖は、周囲に街の明かりを配し、女神の腕輪みたいだと思った。色とりどりの夜景は、腕輪のたれさがる飾り。
昼間のスワ湖は、猪苗代湖で知った「天鏡」(天鏡閣)という言葉を想起させた。でも、美術館でお茶をのみながら見たら、茶色く濁り、白い大きな波が立っていた。その荒々しさもよかった。
それから、諏訪湖周辺の山。それから、帰りの高速道路から見た八ヶ岳と富士山。富士山は、雪をかぶり、いかにも霊峰という感じがした。山部赤人ら古代の人も西日本から来て、こんな驚きをもって出会ったのだろうか。
ハルナやアカギのある群馬より、すばらしい風景の場所に思った。諏訪大社の「大祝」やその一族は、誇らしい気持ちで居館からこの地を眺めていたのだろうか。
「いちばんすばらしかったのは自然」と書いたけど、そこには初めて見た諏訪大社の各神殿もふくまれている。わたしには自然に属しているもの、自然と同化しているものに思えた。
四つの社の印象は、ある社の木の長い廊下もすばらしかったけれど、例の「御はしら」。おんばしら。
本殿の四隅に立てられた白木の柱。枝は落とされていた。モミの木ということにも興味を惹かれた。
で、この柱がよい感じなのだった。
考えて見ると、この柱も山や湖とおなじ自然のもの。人間が取り入れた自然だ。
そして、巨木の柱は、単純に縄文文化を想起させた。昔の人は、自然のものを取り入れることの価値を知っていたのだろうか。
美術やお酒、町並み、温泉、ごちそうよりも、自然に魅了された小旅行だった。
古事記だけでなく、諏訪大社をめぐる中世以降の歴史の話もおもしろそうだった(古事記の記述自体、ウソでもあるらしい)
買い物に出かけたが、気が変わって妙義山へ。反対側の下仁田町まで降りた。よい山里だった。
やっぱり岩山が好きだ。奇怪な風景、荒々しさと清々しさのある風景。岩と木。
末日。
畦道(あぜ道)をあるいたら、うっとりとした。いつの間にか、黄色いタンポポが咲き始めていた。ほかの花も。
春が来た喜びを感じた。「今年も春が来た」