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琳派 RIMPA展

http://www.geocities.jp/utataneni/art/new.htmlの転載です。今後はそちらで加筆訂正していきます。


『琳派  RIMPA』 東京国立近代美術館  8/21―10/3

 思い出してみると、「琳派」展にはいいものがあった。
 なかでも、はじめは酒井抱一による「杜若図」か、と思った鈴木其一の屏風。今展の印象はクリムトではなく、これに尽きる。
 大輪の深い青色の朝顔が目に焼きついている。
 其一といえば、根津美術館で出会って以来、不調和な濃い色が好きではなかった。根津美術館ではそばに展示されていた丸山応挙の藤図の繊細さ、可憐さに驚いた。わたしの障壁画のイメージが覆されたのだった。
 ところが今展では、其一の大輪の朝顔が暗がりで輝いていた。この絵のために、神様は朝顔という種をおつくりになったのではないか。
 深い青の色たまりにやられた。(水たまりがあるなら、色たまりもあるだろう)。あの青が脳の一部に巣くってしまった。
 ふんだんに使われた金地と、潔い取り合わせの色。それが屏風を偉大に見せていた。これは日本が産出した宝石だ。
 それが流出してメトロポリタン美術館に所蔵されている。いいもの持っているなあ。
 いまや、アメリカに咲いている朝顔の花だ。
 世界の多くの人が観覧できることはうれしいし、この屏風を入手した人を尊敬する。けれど、残念でもある。


 クリムトが見たかったのに、ない。おしまいまで来て気づいた。通り過ぎていた。戻った。生きていない、冷たい肌の裸の女に逢いたくて。
 わたしにとって、はじめてのグスタフ・クリムトのこの絵画「裸の真実」は、ほかのヨーロッパの画家の作品ともども、日本の京都、江戸の琳派より、淡い印象だった。
 虫眼鏡をもつ女性のぼうっとした体。
 ピエール・ボナール「兎のいる屏風」には、亜流のものが放つような、やさしく、親しみやすいものを感じた。
(ルドンは群馬県立近代美術館所蔵のミューズのほうがいい)
 かえって、ジャポニスムの影響から遠いマティスの切り絵(カットアウト、切り紙絵)や、ウォーホルのスクリーンプリント(?)の花のモティーフのほうが、大胆で琳派的なものを発揮していた。自然の生命力だけが取り出されて、表されている。

 日本の琳派は華やかだった。大胆で革新的なデザインと色によって、目立つものなのかもしれない。
 琳派の作家は生意気みたいだ。自分が作りだしたものに対して、高いプライドと豪気をもっている。
 思えば、琳派の作家はみな男性だ。狩野派の松と鷹、険しい断崖絶壁、波濤に竜、君子・文人が童子をつれて分け入る山水の世界。
 それとはちがう。身近な植物を日本の四季のめぐる風土のなかにおいて、いわばクローズ・アップしている。日本の女性にも人気がある。『枕草子』『源氏物語』に通ずる、自然の風情を描いている。
 クリムトの絵は、琳派の弱点を気づかせてくれたと思う。それは、琳派様式の作品に女性を描かなかったこと。あるいは(描いたかもしれないから)菱川師宣の「見返り美人」のような象徴がいないこと。
 「源氏物語絵巻」の引目鉤鼻なのに、個性と感情が表されている女性像を超えるものがあるのだろうか?

 クリムトの「裸の真実」は、今展で唯一の女性だ。その女性は全裸で、真理のレンズをもっている。クリムトの表現した女神なのだろう。女神とはいえ、ほとんど、この世の生身の人である。現実の女性が理想化されているのだ。
 日本の四季が織りなす風土のなかで生い、盛りを過ぎてしおれ、枯れていく草木をみごとに捉えた琳派の作家も、官能美、快楽を全面におしだしたクリムトも、真実の女性をとらえてはいないのではないか。


 おなじ植物を描いたものでありながら、其一の朝顔図とは対照的な世界として思い浮かぶのが、酒井抱一の「夏秋草図屏風」だ。
 表の尾形光琳の「風神雷神図屏風」(重文)は、ポスターみたい。期待していたけど、ペンキで描いたように鮮やかであざとくて、好きにはなれなかった。(「槇楓図屏風」も気持ち悪い。重文。)
 だが裏の銀色の世界には、しみじみしたものがある。風雨雷雨にうたれた草。ピンクのひるがお、白いゆり、赤いなでしこ、紅葉したなでしこ、葛の花、おみなえし。かわいい花々。
 風情がある。天の下のすがたが描かれている、と思う。なんで、実際の植物を見るよりも、いいのかなあ。
(なお、多くの人が「風神雷神図」とどうやって剥がしたのか気になっていた)
 琳派は叙情的でもある。はかない生命の精気を画面に取りこんだものである。
 ふしぎなことに、真似したはずの酒井道一「夏草図屏風」はだめ。色合いや、明度のためだろうか。派手。
 抱一のすばらしさ。


 現代作家の作品もRIMPAとして展示されていた。岡本桂三郎「白象図」が断トツによかった。白く力強い象。
 展覧会のこの辺りになると、食傷してきて、通り過ぎがちだった。しかし、作者名を知りたくなった。 
 クレヨンで子どもが描いたような絵。象は得意げ、誇らしげ。


 すごい迫力、威厳がある。象は、この絵のためにも生まれてきてよかったね、と思った。買いたい。会場を3周しても、「ほんとにすばらしい」とこの琳派展に感謝した。
 劇的な絵。たしかに、琳派的だ。物怖じしない前衛的な所、豪華さが。



 そのほかのよかった物。
 俵屋宗達「蓮池水禽図」  2巡めだとよかった。墨で描かれた蓮が。キャプションを見た。「国宝!?」 そうは思えない。
 しかし近くに寄ってみると、水鳥、カイツブリは目がつぶらで可愛い。それに、のんびりしている。気持ちよさそうで、楽しげ。そういうものを描いていることがいいのかもしれない。
 すると、「うれしそうだし、なんか」と近くのおばさん。ちなみに、おじさん(中高年男性)はたいてい喋らない。

 本阿弥光悦筆 伝俵屋宗達下絵「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」 浪は銀色。洗練されすぎている。いい!

 光琳の「松島屏風」「竹虎図」。前者は、元禄時代の人が描いたとは思われないすごい浪に引きつけられた。近代の絵かと思った。近代的すぎる。
 後者は「トラ」とまるで猫のように呼ばれていた。「あれ、かわいい」 お座りしているトラ。たしかに、この絵は、日本人の飼い猫といえるかもしれない。
 あと、「燕花子図」 琳派って絵による生け花なのか。

 同「木版下絵新古今和歌集絵巻」  犬が飛んでる。(獅子である)
 俵屋宗達「犬図(狗子図)」 シッポが切れてる感じ。名品揃いの会場を見た後でも、いいぞ、わんこ、と惚れ惚れする。

 尾形乾山「色絵菊花文反鉢」 ガラス製品かと思った。モダン。作者名に関係なく、無心に誉める人が多かった。誰にでも描けるデザインだ。しかし、作れなかったのだ。
 メモには「ヨーロッパ」とある。なんのことだろう。
 なお、隣にはおなじ乾山ながら、すごい壺が。「色絵紅葉文壺」 青、ピンク、黄色などのもみじ。塗り絵的。稚拙。汚くもある。アジア風・和風の雑貨店のすみにありそう。

 神坂雪佳「百々世草」 ラブリー。着物の一部ではなく、まさに絵である。

 松田権六があった! 「蓬莱之棚」 鶴の行列、群れ。気味悪いはずなのに、かわいい。好き。

 福本繁樹(この人のも工芸館以来) おじいさんが「これが風神雷神?」 たしかに。しかし「あれ? いい!」と思った。たしかに光と風だから。

 中上清「無題」 今展の出口にぴったし。すごい会場構成だ。この世に金地をありがとう、という気持ちになった。金地が出現したから、RIMPAの眼が生まれたのだ。  



 そのほかの感想

 本阿弥光悦筆 伝俵屋宗達下絵「四季草花下絵新古今和歌集色紙帖」  ベリー候のいとも華麗なる時祷書みたい。
 同「色紙貼付桜山吹屏図風」  左側は緑丘、右側はきれいに手入れされた公園みたい。

 
 俵屋宗達 たらし込みの技法で描かれた「牛図」  字の方がいい(烏丸光広)。重文。

 中村芳中「白梅図」 相変わらず、ボーっとした絵。むかついてしまう。
 
 今村紫紅「風神雷神」 白いブタみたいなおっさん雷神。髪は緑色。風神は体が青黒くて、いじめっ子みたいな表情。
 「龍虎」はでっかい足をしている。のびのびした怪獣。
 どちらかの絵について「子どもの時に描いたの?」「どうしてこんな絵なの?」と問う子どもがいた。

 川端龍子「草炎」 金泥だけで奥行き、立体感を出していて、すごい。屏風はパノラマ写真なのか。見ているうち、大味な気がして飽きる。

 小林古径「鶴と七面鳥」 七面鳥がど迫力。動物園が現出した絵。

 前田青邨「風神雷神」 雷神はすごい太もも。巨大な白いパンツをはいている。口からは「くえー」という叫び声が上がっていそう。このストリッパーのために、人混みを掻き分けてきたのか。

 加山又造「千羽鶴」 傑作。豪快で宇宙的。アルトドルファー「イッソスの戦い」(?)を思った。日常を超えている。



 行きは東京駅のそばから出ているバスに乗るつもりだった。人に聞いて、やっとバス停を発見。すると、開館には間に合わないのだ。なんという運行。
 そのかわり、同乗した人と喋ることができた。「海山十題」(?)がよかったという。松永耳庵展のほうがよかった横山大観展を思い出した(東京国立博物館)。わたしは雑だと思うと言った。そしたら、「ざっくり」とおっしゃった。なるほど、ざっくりか。
 その人から割引券をいただいた。東京芸術大学の美術館の興福寺展に興味があるようであった。 

 会場はすごい人だかり。最初の配置がひどいのだ。目はいい物見るけど、心は殺される。
 着物の女性が「ダンセンってうちわ?」と聞いていた。江戸は遠くなりにけり。
 楽しみにしていたグッズはいまいち。土産物屋みたい。残念。
 常設展も見た。よかった。こういうのが絵なのか、と思った。たとえば、小倉遊亀、古賀春江、靉光、藤田嗣治(「アッツ島玉砕」!)。メモも取ったので、機会があったら感想を書きたい。