武田百合子さんの全作品リストup

修正しました。
参考文献 http://www.geocities.jp/utataneni/Yuriko_Takeda/bibliography.html
年譜 http://www.geocities.jp/utataneni/Yuriko_Takeda/chronicle.html
凡例 http://www.geocities.jp/utataneni/Yuriko_Takeda/about_chronicle.html


武田百合子さんの全作品リストをupしました http://www.geocities.jp/utataneni/Yuriko_Takeda/works.html
今後はそちらで加筆修正していきます。

リスト

 文章/そのほか

 くわしい情報→http://www.geocities.jp/utataneni/Yuriko_Takeda/chronicle.html 年譜

 太字:百合子さんの本の収録作品(「あとがき」は省略)

ご存知のことがありましたら、ぜひ教えてください。内容によっては、お名前とともに掲載させて頂きます。


1942  昭和十七(17歳 以下略)

 文章「父さん」 『かひがら』2号・新年号

 詩「〝山〟」、文章「お父さん遊び」 『かひがら』3号(発行月不明)

 詩「『沈丁花』」 『かひがら』4号(発行年月不明。したがって翌年の可能性もある)

1943  昭和十八

 詩『成長』『ちがさき』『おと』『うみ』『夜』『天』  以上『かひがら』5月号(号数不明)

1944  昭和十九

 詩「去年の秋」 『新女苑』詩歌欄に入賞、選者・室生犀星。年月未確認

1959  昭和三十四

 『かひがら』2月28日発行第4号〈風のたより〉欄




1960  昭和三十五

 「〝空想旅行〟「アルベルロの町」」 『かひがら』10月23日発行。

 「長野県から」『かひがら』11月発行5号。

1961  昭和三十六

 「花だより」 『かひがら』6月6日発行。

 「忘れた夏の手紙」 『かひがら』11月15日発行9号

1962  昭和三十七

 書簡「十二月二十日付」 『かひがら』5月15日発行10号。

 以上は、村松友視氏の著書『百合子さんは何色 武田百合子への旅』(筑摩書房)のおかげで知られるようになったものである。

 なお、戦後の『かひがら』に掲載された文章はすべて書簡体。実際の書簡でもあるようだ。百合子さんはどこまで作品と意識していたのか。


1976  昭和五十一

 富士日記 不二小大居百花庵日記』

 「特別寄稿 夫武田泰淳の好きだった言葉」 『婦人公論』12月号(百合子さんの生き生きとした文体ではない。$作品リストでは談話となっている)

 「受賞の言葉」 『群像』77年1月号

1977  昭和五十二

 「あとがき」 武田泰淳『身心快楽 自伝』創樹社。


 「椎名さんのこと」 『椎名麟三全集 第二十巻』〈月報〉冬樹社。


 「卒塔婆小町」 『婦人公論』6月号の随筆欄



1978 昭和五十三

 犬が星見た ロシア旅行』


 「私の住んでいる町」  『群像』2月号<随筆>欄($作品リストより追加)

 『週刊朝日』3月17日号〈私の文章修業〉欄(→『私の文章修業』朝日新聞社、1979年。$によると、この文章のタイトルは「絵葉書のように」)

 「二年目の夏」 『新潮』11月号<新潮>欄 ( $作品リストより追加)

 「開高さんと羊子さん」 『これぞ、開高健』(「面白半分」11月臨時増刊号)11月2日発売(?)(→『コレクシオン開高健』の章「知る人ぞ知る 三十二人の肖像画集」潮出版社、1982年)

 枇杷 『イメージの文学誌 物食う女』「まえがき」 北宋社  →『ことばの食卓』


1979  昭和五十四

 「讃」 『とにかく、吉行淳之介。』(『面白半分』1979(昭和54)年3月臨時増刊号・創刊100号記念)(愛蔵版1980年1月刊行。また「よしゆき賛江」として『吉行淳之介全集 別巻3』(講談社  1985年)に、「吉行賛江」として『群像 日本の作家21 吉行淳之介』(1991年)に収録。古書店・海月書林(市川慎子
)さん
とにかく吉行淳之介さん、$作品リスト(なお、これでは1980年に記載されている)からわかった )


 「晴れた日」『潮』4月号〈ずいひつ・波音〉

 「子どものころ」 『思想の科学』103号 1979年4月号<主題 子どもと本・その世界>の<子どものころの本>

 「あの頃」(『遊覧日記』のものとは違う) 『埴谷雄高作品集 9』月報 河出書房

 「思い出」 『墓一つづつたまはれと言へ−遠藤麟一朗 遺稿と追憶』の〈献花集〉 青土社


 『味』 読売新聞〈私の風土記〉欄10月20日〜11月7日に15回掲載。「豆餅」「マスカット」「買い食い」「朝御飯」「かき氷」「苺」「うな丼」「正宗白鳥先生」「正宗白鳥先生(続)」「拾い食い」「映画館のアイスクリーム」「水」「かまぼこ」「鮨屋」「会食」

 「“物喰う男”の巨きな繭 堀切直人『日本夢文学志』」 『海』12月号($「作品リスト」より追加)


 『テレビ日記』12回分 『話の特集』1980年1月号〜12月号(12月号のみ、わたしは未確認)


 『映画館』12回分 『海』1980年1月号〈海の手帖〉〜12月号。「波と男のココロと体」「こわぁい、くらぁい気持」「映画暴力にやられた」「凸は、やっぱり凄いなあ」「宙吊りの骨壺‥‥わからない」「雨の日の三本立、四百円」「眼が熱っつい、眼が減った」「犬のような突然のアクビが出て」「暑苦しい日は、ギャング映画が見たい」「音にやられてお腹が痛い……‥」「じゅっと蝉が鳴き、一声で止んだ」「その時、トランペットの音が弾けた」



1981  昭和五十六

 1月 解説  尾辻克彦『少年とオブジェ』角川文庫。

 「夢、覚え書き」 『草月』2月号〈特集 夢〉 →『ことばの食卓』収録

 
 4月 日本読書新聞1面の〈わが友〉。「深沢七郎 シビンとバケツ 発作で歩くのもやっとだった頃」「島尾ミホ 眼にいっぱいの涙 端然と座った姿勢のままで」「山福康政 九州の印刷屋さん ふしぎにおかしい『付録』の著者」



 『ことばの食卓』12回分 『草月』6月号〜83年4月号に隔月連載。「牛乳」「続牛乳」「キャラメル」 「お弁当」「雛祭りの頃」「花の下」「怖いこと」「誠実亭」「夏の終り」「京都の秋」「後楽園元旦」「上野の桜」


 「港区赤坂六丁目 ひろがる歓楽街」 6月16日付東京新聞夕刊〈わが町〉

 談話?<24人の私を変えた劇的味覚事件> 『遊』10月号「特集・食べる」のアンケートへの回答【神無月さんが2004年5月、寄せてくださった情報です。$作品リストには載っていません。たいへん貴重な情報をありがとうございました。】


1982  昭和五十七

 「富士山麓の夏」 『大岡昇平集 5』〈月報2〉岩波書店

 「五年目の夏」 『新潮』11月号<新潮>欄( $作品リストより追加)

 「マイ・ドッグ」 『小説新潮スペシャル』冬号〈随筆〉欄


1983  昭和五十八

 「お湯」 『ミセス』五月号〈暮しと住まい5〉の〈リビングエッセー〉


 「ニカウ氏のこと」 『海』7月号〈言葉の散歩〉

 『映画館』7回分 1983年8月号〜  「『楢山節考』のこと」「『フィツカラルド』」「『青い恋人たち』」「陽のあたらない名画祭」「『氷壁の女』」「『里見八犬伝』」「『ファイヤーフォックス』と『アニマル・ラブ』」

 「思い出すこと」 『脱毛の秋−矢牧一宏遺稿・追悼集』の〈追悼〉 社会理論社

 中村稔氏のお母さんへの書簡2編(中村稔「武田百合子さんの文章」『武田百合子全作品2』より)

1985  昭和六十

 「動物園の午後」 『潮』2月号<ずいひつ波音>($作品リストより)

 「京都」 『文藝』3月号〈随筆〉欄。→『遊覧日記』

 「あの頃」 『東京人』1986年1月号〈はじめての東京〉に掲載。→『遊覧日記』

 「西京元旦」 『ミセス』1986年1月号〈掌編随想〉欄。

 『遊覧日記』12回分 『挿花』1986年1月号〜12月号。「浅草花屋敷」「浅草蚤の市」「浅草観音温泉」「青山」「代々木公園」「隅田川」「上野東照宮」「藪塚ヘビセンター」「上野不忍池」「富士山麓残暑」「京都」「世田谷忘年会」


1986  昭和六十一

 「四季・私の――赤坂」 『ミセス』6月号

 「すいとん」 『元気な食卓』7月($作品リストより)


 「Nさんへの手紙」 『風紋二十五年』12月 ($作品リストより)


1987  昭和六十二

 「アメリカ人の手紙」 『中央公論』2月号〈随筆〉欄

 「東京の町」 読売新聞夕刊7月18日「文化」面

1988  昭和六十三

 「眼が洗われたような気持になる本 小川徹『父のいる場所』」  『マリ・クレール』5月号「BOOKTOPICKS」

 『日日雑記』  『マリ・クレール』6月号〜91年4月号。

 「佐渡大覧」 『旅』1989年1月号 ($作品リストより)


1989(平成元) 64歳

 3月 「あの頃 著者に代わって読者へ」  武田泰淳『風媒花』講談社文芸文庫。($作品リストより)


1990(平成二) 65歳

 「還暦旅行」 『ちくま哲学の森5』月報?「森の栞7」筑摩書房($作品リストより)

 「名刀で切りとったような景色 吉行淳之介『町の底で』 私・に・東・京・を・教・え・た・一・冊・の・本」 『東京人』五月号〈特集 東京を読む〉。

 「私と筑摩書房 本郷台町」 『ちくま』10月号。


1991(平成三) 66歳

 『鳩よ!』1991年9月号「妄想の巨人 孤高の81歳─埴谷雄高の世界」掲載のもの(未確認)


1992(平成四) 67歳

 「特集・私の偏愛書 41人によるジャンル別・ベスト10 編集・安原顯」 『リテレール』2号1992(平成4)年秋号(ただし$では「ノン・ジャンル・ベスト10」『リテレール』2号(1992年夏号))



執筆・初出時期不明

「北麓の晩夏から秋」 『新編日本の随筆紀行2 山に親しむ』作品社、1998年4月


未確認

$「作品リスト」に不記載だったり、百合子さんの作品かわからないものも含んでいます

○雑誌『太陽』の絵本特集に掲載されているという文章 海月書林/市川さん

「別冊太陽 日本のこころ」の『絵本』(平凡社、1984年3月)や『絵本Ⅱ』(1984年9月)でしょうか。ちなみに『100人が感動した100冊の絵本 [1978-97年]』には載っていません(1999年発行)


○ 「解説」『芹沢けい介全集 第4巻 物語絵 4』(「けい」は「金圭」)の

中央公論社 1981年4月刊行

なお、芹沢氏は著名な染色家、デザイナー。


○『世界』1983年2月号

○『陶藝の美』第12号「特集=ルアン陶磁博物館とノルマンディの陶器」

京都書院 1986(昭61)年1月?


○「山水鳥話」

 新聞に掲載されたらしい。富士山荘での見聞を記していて、これもやはり完成された百合子調による“富士日記 その後”とか“十何年後の富士日記”という印象だった。


○『日日雑記』に書かれている「華道某流派家元の作品展」の感想

 かつて百合子さんが連載していた華道の機関誌『草月』か『挿花』の1990年代に掲載されたのかも知れない。







そのほか(対談・鼎談・談話。また、談話を含んだ記事)

1976(昭和五十一)

 対談(×深沢七郎)「武田泰淳、その存在」 『文藝』12月号($作品リスト→『たったそれだけの人生 深沢七郎対談集』(集英社、1978年)に収録)

 談話「特別寄稿 夫武田泰淳の好きだった言葉」 『婦人公論』12月号


1977(昭和五十二)

 記事「田村俊子賞を受賞する武田百合子」 『週刊朝日』3月25日号〈青木雨彦の人間万歳〉

 談話「がんばらなくっちゃ映画論」『映画芸術』No.318  8・9月号。 「目次には「武田百合子・がんばらなくちゃ映画論」との記載されていますが、本文では違うタイトルとなってます。

文章でなくて、談話です。」

【「8・9月号」のことも、神無月さんが2004年5月、寄せてくださった情報です。ありがとうございました。】


1978(昭和五十三)

 回答「77映画芸術(第13回)ベスト10・ワースト5」の選考者になる。『映画芸術』No.321(2月号か?)。


「これには百合子さんの外国映画のベスト5とワースト1が掲載されており、コメントはないようですね。」

【神無月さんが2004年5月、寄せてくださった情報です。ありがとうございました。】


1979(昭和五十四)

 鼎談「マッド・ティーパーティー メリイ・ウイドウのお話 お客様武田百合子 ホステス金井久美子 金井美恵子」  『話の特集』3月号($作品リストより)

 記事「はかま満緒のユーモア交友録2 黙って書いちゃった」『アサヒ芸能』10月18日号

 記事「「食べ物のおばさん」を自称する故武田泰淳氏夫人」 『週刊文春』11月22日号〈Tea Time〉。文・辺見じゅん



1980(昭和五十五)

 記事「第31回読売文学賞 受賞者を訪ねて 3」2月4日付夕刊読売新聞

 記事「武田百合子」 『中央公論』4月号〈人物交差点〉

 談話「すぐ返事が書きたくなるようないただいてうれしかった手紙」 『主婦の友』四月号〈レッスンしながら楽しく学べる妻のための「新手紙事典」レッスン2〉のページ。


 1981  昭和五十六

 談話? <24人の私を変えた劇的味覚事件> 『遊』10月号「特集・食べる」 アンケートへの回答【神無月さんが2004年5月、寄せてくださった情報です。$作品リストには載っていません。たいへん貴重な情報をありがとうございました。】

 対談(×深沢七郎)「女と男のまな板ショー」 日本読書新聞12月21日付〈シリーズ対談その3〉

1982  昭和五十七

 談話「日記」 『クロワッサン』一月十日号〈二つの意見〉。

 談話「「身内」「他人」の意識落差」『朝日ジャーナル』1月号(24日号?)「「日本回帰」の深部へ 一人一答 私の「日本回帰イメージ」」

 対談(×吉行淳之介)「“好色五人女”のおもしろさ」 『婦人公論』5月号


1985  昭和六十

 記事「鋭い観察眼と新鮮な感性と 『ことばの食卓』」 『サンデー毎日』1月27日号〈招待席〉欄の「BOOK街」

1987  昭和六十二

 記事「話題の一冊 深い情愛とニヒリズムが貴重の随筆集 『遊覧日記』」 『週刊サンケイ』〈本のプロムナード〉7月23日号。




1991(平成三) 66歳

 記事「「日日雑記」 気ままにひとり、いろいろな所を散策する楽しみ―― 日々の出来事を心の赴くままに記すエッセイ。」 『クロワッサン』10月10日号〈最近面白い本読みましたか〉。

 記事「私の書いた本『日日雑記』」 『婦人公論』11月号〈BOOKS〉


未確認

赤瀬川原平さんとの対談。写真つきらしい。




百合子さんの単行本に収録されたものが、ほんの少しなのがおわかりになるかと思います。(こんなものも作りました→単行本化リクエスト




なにかご存知のことがありましたら、ぜひ教えてください。内容によっては、お名前とともに掲載させていただきます。