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武田百合子さんの贅沢な暮らし

以下をhttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/1951/Yuriko_Takeda/etc2.htmlを修正しました。今後はそちらで加筆修正していきます。


武田百合子さんあれこれ

贅沢な暮らし

 『富士日記』には、山荘に行く朝、眠いのでやっと起きた、とか、『新・東海道五十三次』の資料整理で眠い、という記述がある。武田百合子さんは長い日記も書いている。それも山荘での仕事の一つであったようだし、かなり忙しかったのではないだろうか。

 『犬が星見た』の「あとがき」には「走り書きをしていた」とある。しかし、本文には「日記」と書いており(7月3日)、ソ連(ロシア)・北欧旅行でも長い日記をつけていたようだ。集団でつぎつぎに観光してまわるツアー旅行は、日々、こまごまとした用事に追われるし、夫君・武田泰淳さんの身の回りの世話もあっただろう。

 人間関係でも気を遣っていたのではないだろうか。この旅行で、わたしがとりわけ注目させられるのは、泰淳さんと同行者・竹内好さんのことである。ふたりは友人である。ツアーから離れた後、竹内さんが旅行の面倒を見始める。そして、親しい人との旅行でも、わりとありがちな危機が訪れる。


(竹内さんは)「明日は午前十時行動開始。ロビーに集合」と、振り向かずに言い置いて出て行った。

 眠たげにしていた主人がしばらく経って口をきく。

「竹内はこのごろ威張ってると思わない?」自然なおだやかな口調だ。私は主人の顔を見る。ふざけても笑ってもいない。

「あたしは別に威張ってるとは思わないよ。いつもの竹内さんと変わらないよ」

「俺たちの飛行機の切符だの、荷物の券だの、皆、竹内がとり上げて、ずっと持ってるじゃないか」
「ああ、あのこと。(略)」

 私の説明は染みこんでいかない。

「そうかなあ。いや。竹内は威張ってる。いまも『明日は 十時行動開始』だなんて、あれだって勝手にきめてるじゃないか」

「親切からなの」

「……百合子が酒買いに行って帰ってこなかったときだって、竹内のやつ、いやに威張って俺にいいきかせたぜ」

 脳の回転がぴたりと熄んでしまったかのように、不本意な表情をどんより漂わせている。

 わたしは、百合子さんの言葉はあっさりした即答のように思っていた。しかし実は、泰淳さんと竹内さんのすれ違いに気がついており、細心の注意を払って続けた説得だったのではないか。結局、百合子さんが不器用な作家二人のあいだに立って、関係の綻びを縫い直したように思う。言葉をもちいて。

 そういうことも全て含めて、「楽しかった。糸が切れて漂うごとく遊び戯れながら旅をした」とまとめる百合子さんが好きだ。



 百合子さんが綴る暮らし・旅行・人生は、忙しかったらしいにも関わらず、なぜか憧れを誘うようだ。

 わたしの場合、そのひとつは、単行本『富士日記』や『武田百合子全作品』に挿入されている、おもに花さん撮影の写真である(モノクロが多い)。そのうちの、たとえば、百合子さんが猫の仮面をかぶり、となりで泰淳が静かに新聞に目を落としている、といったギョッとさせる一葉は、ふつうの人とは違う生活をかいま見せてくれる。

 わたしがもっとも好きなのは、山道に百合子さんがいる写真だ。道の端には草が生えていて、何ということはない砂利道なのだけど、家の近くにそういう場所があったらいいなあ、と憧れるのである。

 もちろん、百合子さんの、草木や生き物や散歩についての文章も好きだ。枝を飾ったり、山林や庭の草木の葉っぱや花の変化、鳥やリスにえさをやったり、ウサギを見たり、ポコや玉と歩いたり。

 それから、百合子さんが帰宅すると、泰淳さんが家中の電気をつけてくれていて、家がぼうっと浮かび上がっていたという箇所。

 自然の中にたっぷり浸されていたことが伝わってくる記述に、山荘生活への憧れが強くなる。

 しかし、わたしも無名の何でもない場所とはいえ、山のなかに暮らしているのであるから、これはどういうわけだろう。

 思うに、自然をめぐる先に挙げた記述や、鳥や虫についての文章、ウサギに声をかけるくだり、庭の描写などなど、百合子さんの自然への関わり方が魅力的なのだ。ことさらに山荘暮らしを強調しようと、自然との出会いを大げさに取り上げてはいない。百合子さんは鳥とか虫とかの対象と対等になって、おなじ目線で書きこんでいる気がする。その対象は自然であり、森羅万象だ。

 全体から感じられるのは、それらに沿っているやさしさ、である。テーブルの上のぶどうを来訪する蜂の記述のように。その蜂は死んだらしい。百合子さんの文章は生も死もくるんでいる。包んでいる。

 台所の窓からすばらしい夕焼けを見て、花さんとともに外へ出て行くような記述も忘れがたい。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の家のようだ。

 節子夫人の『思い出の記』にこうあるのだ。


私のうちでは、ちょっと何でもないような事でも、よく皆が興に入りました。『今日やぶに小さい筍(たけのこ)が一つ頭をもたげました。あれ御覧なさい、黄な蝶が飛んでいます。一雄が蟻の山を見つけました。蛙が戸に上って来ました。夕焼けがしています。段々色が美しく変って行きます』こんな些細な事柄を私のうちでは大事件のように取騒ぎまして一々ヘルンに申します。それを大層喜びまして聞いてくれるのです。可笑しいようですが、大切な楽みでありました。

 それから、湖で泳ぐこと。日本一高い山、富士山の山腹にたまっている五大湖に、百合子さんは全身をひたして接したのである。……水泳というのは誰がしたってそうなのだけど、ファンなので特別に思えてしまうのだ。



 わたしが『富士日記』に出会ったのは、1990年代後半であった。作家の杉本苑子さんはご自身の、武田百合子作品への耽溺を、


同じ大正十四年に生まれ、同じ戦前の教育を受け、同じ価値観やモラルの中で育って、二十歳で迎えた敗戦後しばらくのあいだ、阿修羅の奮闘を余儀なくされた世代同士、通底し合うものがあるからだろう


一見なんでもない記述にも、同じ時代を共有した者でなければ感じ取れぬ心の動きが、こころよく響いてくる
。
と推察しているが、百合子さんの記す生活に、わたしも違和感はなかった。

 山荘生活には最初、テレビがない。登場しても、2つくらいのテレビ局しか見られなかったのではなかったか。それに百合子さんは、テレビ放送が終了して、サーサーという音だけになってしまうと、世間から離れたようで、寂しくなって日記を書いた、というようなことも言っていた気がする(違っていたらすみません)  ふつうの人にとって、テレビが大きな娯楽で、視聴率が高かった時代だ。

 百合子さんが映画を見に行ったのは、「シネコン」(シネマ・コンプレックス)ではなく、「映画館」(百合子さんにもそのタイトルのシリーズがある)。百合子さんの文章を読むと、そこはなんだか、人の匂いが濃く漂っていそうな場所だ。近隣の映画好き5人くらいが駆けつける、富士山麓の町の映画館はまだあるだろうか。

 CDもMDもない。武田家や大岡家(大岡昇平さんの山荘)で針が落とされ、音楽に浸るのは、レコード。

 百合子さんが泰淳の口述を“筆記”したという原稿は、ワープロでも、いまや物を書く人に必需品であろうパソコンでもない。『日日雑記』の草稿をみると、鉛筆やボールペンを実際に握って、原稿用紙のマスに書き付けていた。

 百合子さんが親しい人に書いたのは、メールではなく、手紙・書簡。

 もちろんインターネットは存在しない。泰淳さんは百合子さんを伴い、実際にその場所を訪れたり、旅行した。あるいは、山荘に地域の方を呼び、直接、話を聞いた。そうして、作品に織りこんでいった。

 なにより今、もっとも読者に奇異に映るのは、言葉で撮った映画のような百合子さんの作品には、携帯電話・ケータイがいっさい登場しないことではないだろうか。単行本未収録の映画館エッセイなどの文章も、百合子さんが切りとった風景には、小さい携帯電話を耳に当てて話ながら、あるいは一心に指でメールを打ちながら街行く人々はいない。

 カメラ付き携帯のシャッター音も鳴らない。もちろん、ほとんど無音のデジカメではなく、カシャカシャ(?)、バシャバシャ(?)と音が出て、フィルムをまわして撮るカメラが主流だ。(いまでも好きな方はそうなのかもしれないが)、竹内さんがいくつもカメラを持って旅行に行くような時代だった。

 現代との違いはほかにもある。今後はますます増えていくだろう。百合子さんの文章に登場する文物は、筆がシャーペンに取って代わるのとは違う。たんに最新機器と置き換えて済むものではない。作品内の生活には、ゆったりとした時の流れがあるように感じられる。人間のサイズに合った生活というか。

 百合子さんの文章・作品はいまや、アナログのなつかしい昭和の匂いがする。感性のアンテナの結晶である『日日雑記』は平成初期の、人々がいまだ悲劇的な不況を知らない時期のこれまたなつかしい匂いのたちのぼる本と化しつつあるのではないか。

 もちろん、百合子さんのテレビ番組の描写をみても、わたしが当時生きていたなら、情報に翻弄され、浮かされ、慌ただしく日々を過ごしていただろう。また、前述したように、百合子さんにとっても、泰淳さんとの生活は家事に原稿の協力にと多忙だったに違いない。それでも、それでも、今から見ると、世間から超俗した贅沢な暮らし方に思える。その後の、遊覧的日常は言うまでもまなく。



 百合子さんの本、とくに日記はいずれ、永井荷風の『断腸亭日乗』とおなじく、文学作品であると同時に、生活の克明な歴史資料ともなるだろう。ひとつにそれは物の値段や、時のニュースが書きこまれているからでもある。

 荷風の第二次世界大戦下の日記は、世情をうつしとりながら、作家個人の内面生活が浮き彫りにされるものかもしれない。『富士日記』も、百合子さんの力強い個性が息づきながらも、その時代の生活がよく見えるように思う。
 


 もちろん、わたしのような人間にとっては、百合子さんの作品の魅力は第一に、その独特な個人のあり方、発露にある。それは、多くの人を虜(とりこ)にする普遍的な魅力だ。百合子作品は、文化風潮が変わり、時代が移っていっても、その文章の力によって、読み物として愛され、新しいタイプの散文の古典・クラシックとなっていくはずだ。平安の王朝時代の、清少納言による『枕草子』が一千後のいまも多くの人に愛読されているように。