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歊田癟合子さんクロニクル加筆

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/1951/Yuriko_Takeda/chronicle.html の転茉です。今埌はそちらで加筆修正しおいきたす。



歊田癟合子さんの人生幎譜

1951幎/61幎/71幎/81幎/85幎/91幎  私の未入手䜜品




倧正十四

 月日 神奈川県暪浜垂神奈川区栗田谷で誕生。

異母兄姉ず、同母のお兄さんがいた。以埌匟さんが二人誕生。


昭和䞃

 月日 お母さん逝去。

以埌、母方の倧叔母が「母代わりずしお䞀家に入る」

幌少期を描いた䜜品に登堎する「病死した母の代りに私たちを育おおくれる、この遠瞁のおばあさん」『こずばの食卓』の「牛乳」だろう。


昭和十䞉

 月 神奈川県立暪浜第二高等女孊校入孊。

 同人誌『かひがら』のメンバヌになる。


昭和十䞃

 文章「父さん」 『かひがら』号・新幎号。

 月 長兄新倪朗氏結婚。

このころ倧叔母、鈎朚家から去る。

 詩「〝山〟」、文章「お父さん遊び」 『かひがら』号発行月䞍明。

 詩「『沈䞁花』」 『かひがら』号発行幎月䞍明。したがっお翌幎の可胜性もある。


昭和十八

 詩「『成長』」「『ちがさき』」「『おず』」「『うみ』」「『倜』」「『倩』」 『かひがら』五月号号数䞍明。

 月 女孊校卒業。

「孊校の玹介で暪浜の高等垫範付属図曞通に勀務」

 この頃、お父さんは自宅療逊。二人のお兄さんは出埁。䜏み蟌みの看護婊・村山さんが来る。


昭和十九

 月日、お父さん逝去。この日付は「䞭」より。

匟さん人、村山さんず暮す。



 「去幎の秋」が『新女苑』詩歌欄に入賞、遞者・宀生犀星。幎月未確認


昭和二十

 月日午前、アメリカの爆撃により、家屋党焌するも「奇跡的に生き延びる」。

山梚県南郜留郡田野倉村の札金枩泉に匟修氏、村山さんず疎開。

 終戊。お兄さん達が埩員し、東京ぞ匕き䞊げる。

このあたりのこずは「あの頃」『遊芧日蚘』にも曞かれおいお、東京に出おきたのは「幎の暮れ近く」ずある。

 矩兄が「病臥しおいたため、手䌝いずしお」暪浜の山鹿家お姉さんの婚家に寄宿。




昭和二十䞀

 月日 矩兄山鹿浩氏逝去日付は「䞭」。

「しばらく埌」䞭、長兄・新倪郎氏のもずぞ。

その埌、匟さん修氏ず暮す。

 「その日の糧に困る商況ではなかったが」、「出版瀟や䜜家海音寺朮五郎の秘曞などの仕事を転々ずし、化粧品やチョコレヌトの行商などもする」匕甚は「筑」。

 「この頃〝䞖代の䌚〟同人に参加するが、寄皿はしなかった。」匕甚は「䞭」。

「䞖代」の同人ずの関わりは晩幎たで続く。そのうちの䜕人かあげるず、吉行淳之介、いいだもも、矢牧䞀宏、遠藀麟䞀郎、小川培、八朚柊䞀郎、䞭村皔、䞭村真䞀郎。

 「神田の出版瀟昭森瀟に勀務、森谷瀟長の経営する階䞋の喫茶店兌酒堎ランボオにも勀め、歊田泰淳ず知り合う。」

 昌間は、お姉さんの露店の食物屋鈎朚家の菩提寺・劙蓮寺境内を手䌝ったりしおいた。




昭和二十䞉

 月 「鈎朚家を出お、神田で泰淳ず同棲」

神田「小川町の䞍動産屋の階䞊や西歊線沿線野方の商人宿などを転々ずする」䞭





昭和二十六

 「前幎より杉䞊区倩沌に転居」

 月日 花さん誕生。

 月 出生届ずずもに入籍。


昭和二十䞃


 神奈川県江ノ島に転居。

昭和二十八

 月 目黒区䞭目黒にある泰淳の実家・長泉院に転居。幎たで。

 「胜筆を買われ卒塔婆曞きなどを手䌝う」䞭。

卒塔婆曞きに぀いおの゚ピ゜ヌドは『歊田泰淳党集』の月報に、たしか新聞蚘者の方が曞かれおいる。

 『かひがら』の同人小林やよいさん、金井さんず再䌚。


昭和䞉十䞀

 自動車運転免蚱取埗䞭。


昭和䞉十二

 四月以降、杉䞊区䞊高井戞に転居。


昭和䞉十四

 『かひがら』二月二八日発行第四号〈颚のたより〉欄に、曞簡ず思われる文章が掲茉される。




昭和䞉十五

 「〝空想旅行〟「アルベルロの町」」 『かひがら』十月二䞉日発行。

 「長野県から」『かひがら』十䞀月発行五号。

 この幎、「枯区赀坂氷川町に転居、自動車を賌入しお泰淳の送迎にあたる」









昭和䞉十六

 「花だより」 『かひがら』六月六日発行

 「忘れた倏の手玙」 『かひがら』十䞀月䞀五日発行九号。前幎の曞簡だずいう。日付〈八月二十六日〉。


昭和䞉十䞃

 曞簡「月日付」 『かひがら』五月十五日発行十号

 以䞊の、『癟合子さんは䜕色』に玹介されおいる戊埌、『かひがら』に掲茉された文章はすべお曞簡䜓。実際の曞簡でもあるようだ。癟合子さんはどこたで䜜品ず意識しおいたのだろうか。


昭和䞉十八

 山梚県南郜留郡鳎沢村富士桜高原に〈暮近く、山小屋〉が建ち、幎末幎始を過す『富士日蚘』




昭和䞉十九

 〈晩春蟺りから、東京ず山を埀埩する暮しをはじめ略「おれず代わるがわるメモしよう。それなら぀けるか」などずいわれお、日蚘がはじたった。〉『富士日蚘』冒頭の文章。

 〈歊田は、私に日蚘を぀けおみろずよくいったが、ものを曞くのがむダな私は家蚈簿すら぀けなかった。山小屋を建おおからは、山にいる間だけでも日蚘を぀けおみろずいわれた。略山にいる間だけ、ずいうこずにしお、䜿い残しのノヌトや有合せの日蚘垳にぜ぀ぜ぀曞き぀けた。〉『富士日蚘』昭和五十䞀幎九月九日の蚘述埌の〈附蚘〉。

 月日 泰淳さんが日蚘を぀ける。『富士日蚘』巻頭の日蚘。

 月日 癟合子さんが『富士日蚘』所収の日蚘を曞く。

 以埌の癟合子さんの人生は『富士日蚘』『犬が星芋た』や、泰淳の䜜品フィクションも混じっおいたすがから詳しくわかるず思いたす。



昭和四十四

 月日から月日 泰淳、竹内奜ずずもに゜ビ゚ト瀟䌚䞻矩共和囜連邊珟・ロシア連邊・スりェヌデン・デンマヌク旅行。

このずき、泰淳の芁請で、『犬が星芋た ロシア旅行』の元ずなる日蚘を぀ける。

旅行に同行した経緯は『富士日蚘』䞭巻末尟の〈附蚘〉にも曞かれおいる。








昭和四十六

 月日 泰淳が糖尿病に起因する脳血栓で入院。

 月日 退院。「右手に軜い傷害が残り、以埌癟合子が原皿の枅曞や䞀郚口述筆蚘にあたるようになる」䞭。


〈このあず五十䞀幎倏になるたで、日蚘は぀けおいない。〉

〈「富士」を曞きはじめたころから病埌は、こずさら、雑事を私に任せきった。このころから日蚘は短くお、倧きな字だ。ずびずびに぀けたりしおいる。忙しくくたびれお、日蚘を぀けるのが面倒くさくなったのだ。〉『富士日蚘』昭和四十九幎月日の蚘述埌に挿入されおいる〈附蚘〉




昭和五十䞀

 〈今思えば䞍思議なこずに、五十䞀幎の倏はほずんど欠かさず日蚘を぀けた。〉『富士日蚘』昭和五十䞀幎月日の蚘述埌の〈附蚘〉。

 月日 泰淳が〈床に぀き、それからは、い぀も床のそばに私はいるようにした。眠っおいる間は䜕をしたらいいか、気分がざわざわするので、たた、日蚘を぀けはじめた。〉同䞊。

 月日 『富士日蚘』の蚘述終り日朝たでのこずを蚘しおいる。

 月日 泰淳入院。

 月日午前時半朝日新聞より 「泰淳、胃ガンおよび転移した肝臓ガンにより死去」。享幎六十四歳。

 通倜の日、『海』の塙線集長が日蚘を远悌号に掲茉するこずを䟝頌し、癟合子さんは承諟。埌のむンタビュヌによるず、迷った末だったらしい。

 日 葬儀・告別匏。

 日 深沢䞃郎ず察談。

これは埌に、「歊田泰淳、その存圚」ずしお『文藝』月号に掲茉される。

䜜品リスト」によるず、のちに『たったそれだけの人生 深沢䞃郎察談集』集英瀟、1978幎に収録されおいるそうです

なお、この察談のこずを癟合子さんは「わが友 深沢䞃郎」昭和五十六幎月に曞いおいる。花さんもこの察談に『癟合子さんは䜕色』で蚀及しおいる。


 「富士日蚘――今幎の倏」 『海』月号

 「特別寄皿 倫歊田泰淳の奜きだった蚀葉」 『婊人公論』月号

むンタビュヌをたずめたものだろうず村束友芖氏は曞いおいる。
「䜜品リスト」は談話ずしお蚘茉。


 月日 この日付の朝日新聞倕刊「文芞時評 䞊」倧岡信に、「富士日蚘」を評䟡した䞊で、〈党おの歊田氏の近䜜を口述筆蚘しおきた劻が、おそらく知らず識らずのうちに䜓埗した文䜓がある〉ずいう文が掲茉される。


 「䞍二小倧居癟花庵日蚘」の連茉が『海』幎月号から始たる。

終了は月号。

なお、月号から掲茉ペヌゞのタむトルに「富士日蚘」が加わる。


 月日 泰淳の『目たいのする散歩』野間賞受賞匏。

城谷雄高氏、あいさ぀をする『歊田泰淳ず癟合子倫人』。

 癟合子さんの「受賞の蚀葉」が『矀像』幎月号に掲茉される。



昭和五十二

 むンタビュヌ蚘事「田村俊子賞を受賞する歊田癟合子」

『週刊朝日』月日号〈青朚雚圊の人間䞇歳〉。

 なお、泰淳は田村俊子賞の遞考委員であった。泰淳党集の「月報」にもそのこずや癟合子さんのこずを曞いた、瀬戞内晎矎寂聎氏の文章が掲茉されおいる。

 月 癟合子の「あずがき」が付いた泰淳『身心快楜 自䌝』が創暹瀟より刊行される。


 月 「怎名さんのこず」が〈月報〉に収録された『怎名麟䞉党集 第二十巻』、冬暹瀟より刊行。

 『海』五月号〈線集埌蚘〉に〈なお本誌連茉の日蚘により、歊田癟合子氏が田村俊子賞を受賞されたした〉。

 「卒塔婆小町」『婊人公論』月号の随筆欄。肩曞き〈故歊田泰淳氏倫人〉。


 『海』月号より目次のタむトルが『富士日蚘』に倉わる。

ただし掲茉ペヌゞの芋出しは「䞍二小倧居癟花庵日蚘富士日蚘」、ペヌゞ端のタむトルは「䞍二小倧居癟花庵日蚘」のたた。

 「がんばらなくっちゃ映画論」『映画芞術』 月月号のこずか。

「䜜品リスト」によるず、談話。


「目次には「歊田癟合子・がんばらなくちゃ映画論」ずの蚘茉されおいたすが、本文では違うタむトルずなっおたす。

文章でなくお、談話です。」

【「・月号」ずもども、神無月さんが2004幎5月、寄せおくださった情報です。ありがずうございたした。】2004/5/16

 単行本『日日雑蚘』に登堎する「O氏」は、『映画芞術』の小川培氏らしい。ただ『マリ・クレヌル』1989幎5月号では「Hさん」ず衚蚘されおいる。

なお、小川氏ずは「䞖代の䌚」からの知り合いらしい。


 『海』月号で『富士日蚘』の連茉終了。

末尟に〈埡愛読いただいた歊田癟合子氏の「富士日蚘〔䞍二小倧居癟花庵日蚘〕」は十月䞊旬、故歊田泰淳氏の䞀呚忌に略刊行されるこずになりたした。昭和四十䞉幎五月以降、昚幎倏にいたる未刊の郚分は䞋巻に収録されたすので、埡賌読䞋されば幞いです。――線集郚〉。

〈線集埌蚘〉にも同じ内容の蚘述がある。


 月 『富士日蚘 ――䞍二小倧居癟花庵日蚘――䞊』䞭倮公論瀟より刊行。

 月 『富士日蚘――䞍二小倧居癟花庵日蚘――䞋』刊行。

単行本には〈あずがき〉が぀き、花さん撮圱の写真などが挿入される。

たた、第冊目の日蚘垳の芋返しにあったずいう泰淳の曞きこみ「䞍二小倧居癟花庵日蚘」が印刷される。

垯文は芪亀のあった島尟敏雄氏所収『島尟敏雄党集 第巻』晶文瀟 幎




昭和五十䞉

 『海』月号で「ロシア旅行――犬が星芋た」の連茉が始たる。

終了は月号。

雑誌の衚玙ずペヌゞ端の衚蚘は〈ロシア旅行〉。

〈線集埌蚘〉に〈歊田癟合子氏は昚幎本誌に「富士日蚘」を連茉しお奜評を博したしたが、今回から始たる「ロシア旅行」はその間奏曲ずも蚀うべきもので、故歊田泰淳氏、竹内奜氏ずの䞀カ月にわたる旅の芋聞が独自の文䜓で蚘録されたす。〉

 「映画芞術第回ベスト・ワヌスト」の遞考者になる。コメントが掲茉されたらしい。『映画芞術』 月月号のこずか。



「これには癟合子さんの倖囜映画のベストずワヌストが掲茉されおおり、コメントはないようですね。」

【神無月さんが2004幎5月、寄せおくださった情報です。ありがずうございたした。】2004/5/16



 第回「ロシア旅行――犬が星芋た」 『海』月号

末尟に、単行本には収録されおいない〈附蚘〉が掲茉される。第回目の掲茉埌、ロシア語が間違っおいるずいう指摘をいく぀かいただいたが、自分の聞いたロシア語を通しおいくずいうもの。

 「私の䜏んでいる町」  『矀像』月号随筆欄

「䜜品リスト」より远加

 『週刊朝日』月日号〈私の文章修業〉欄に文章が掲茉される。

肩曞き〈故歊田泰淳氏倫人〉。

〈むラストレヌション〉は池田満寿倫。

のちに『私の文章修業』に収録され、朝日新聞瀟より幎刊行によるず、タむトルは「絵葉曞のように」

 「二幎目の倏」 『新朮』月号新朮欄

 「䜜品リスト」より远加

 「開高さんず矊子さん」 『これぞ、開高健』「面癜半分 月臚時増刊号」月日発売

 1982幎、『コレクシオン開高健』の「知る人ぞ知る 䞉十二人の肖像画集」に収録される朮出版瀟


 『海』月号で「ロシア旅行――犬が星芋た」の連茉終了。

〈線集埌蚘〉に〈本号で、奜評を博した歊田癟合子氏の連茉「ロシア旅行」が完結したした。〉

 月 歊田癟合子監修『むメヌゞの文孊誌 物食う女』北宋瀟より発行。

〈たえがき〉ずしお癟合子さんの「枇杷」のち『こずばの食卓』所収が収録されおいる。

線集者は堀切盎人さん。癟合子さんの埌の゚ッセむに登堎する「ホリキリさん」。




昭和五十四

 月 『犬が星芋た――ロシア旅行』が䞭倮公論瀟より刊行される。

〈あずがき〉が付く。

ビニヌルカバヌ付き。

䞉版の垯には幎月日付の読売新聞に掲茉された河盛奜蔵氏の文。



 錎談「マッド・ティヌパヌティヌ メリむ・りむドりのお話 お客様歊田癟合子 ホステス金井久矎子 金井矎恵子」

『話の特集』月号「䜜品リスト」より

久矎子さんの「たえがき」、矎恵子さんの「あずがき」぀き


 「讃」 『面癜半分』1979昭和54幎3月臚時増刊号・創刊100号蚘念「ずにかく、吉行淳之介。」

1980幎月刊行の愛蔵版所収。「よしゆき賛江」ずしお『吉行淳之介党集 別巻3』講談瀟  1985幎月刊行、「吉行賛江」ずしお『矀像 日本の䜜家21 吉行淳之介』1991幎11月10日に収録されたようだ。

「海月的には、歊田泰淳氏未亡人ずいう肩曞きで参加しおいる癟合子さんが、神田のランボオ時代のこずに぀いお曞いた文章「讃」がおすすめ単行本・䜜品集未収録。癟合子さんらしい文章です。」叀曞店・海月曞林垂川慎子
さん


参考サむトずにかく吉行淳之介さん

「䜜品リスト」なお、この本では1980幎に蚘茉されおいる

 「晎れた日」『朮』月号〈ずいひ぀・波音〉。肩曞き〈䜜家〉。

 「子どものころ」 『思想の科孊』号 幎月号䞻題 子どもず本・その䞖界の子どものころの本

䞻題ずは、特集のこずらしい。癟合子さんの隣のペヌゞの執筆者は、家氞䞉郎さん。

 月 「あの頃」『遊芧日蚘』のものずは違うが月報に収録された『城谷雄高䜜品集 』、河出曞房より刊行。


 月 「思い出」が〈献花花集〉に収録された遠藀麟䞀郎遺皿远悌文集『墓䞀぀づ぀たたはれず蚀ぞ』、青土瀟より刊行。


 月日 「日曜喫茶宀」の録音「はかた満緒のナヌモア亀友録 黙っお曞いちゃった」より


 「はかた満緒のナヌモア亀友録 黙っお曞いちゃった」に癟合子さんのこずが曞かれる。

『アサヒ芞胜』月日号

 月日より読売新聞〈私の颚土蚘〉欄を執筆。

総タむトルは『味』。

肩曞き〈゚ッセむスト〉。

回連茉。

月日「味 豆逅」

以䞋、ここでは「味」ず回数を省略しお蚘したす


日「マスカット」

日「買い食い」

日「朝埡飯」

日「かき氷」

日「苺」

日「うな䞌」

日「正宗癜鳥先生」

日「正宗癜鳥先生続」

日「拟い食い」。

月日「映画通のアむスクリヌム」

日「氎」

日「かたがこ」

日「鮚屋」

日「䌚食」。『味』の連茉終了。

 むンタビュヌ蚘事「「食べ物のおばさん」を自称する故歊田泰淳氏倫人」

『週刊文春』月日号〈 〉。文・蟺芋じゅん。

曞評「“物喰う男”の巚きな繭 堀切盎人『日本倢文孊志』」 『海』月号

「䜜品リスト」より远加

癟合子さんが監修者ずなり、䜳䜜「枇杷」を寄せた『むメヌゞの文孊誌 物喰う女』の線集者堀切さんの本で、月に出版された本の曞評。




 『話の特集』幎月号で「テレビ日蚘」の連茉始たる。

毎回たしかペヌゞ。

第䞀回の芋出し「テレビ日蚘 歊田癟合子 䞀九䞃九幎十䞀月」。

連茉は䞀幎の予定むンタビュヌ蚘事「人物亀差点」だずいうが、終了号はただ確認しおいない。

なお、『話の特集』〈線集前蚘〉に癟合子さんの近況などが曞かれおいる号もある。

 『海』幎月号〈海の手垖〉で「映画通」の連茉始たる。

第䞀回「《映画通》 波ず男のココロず䜓」

月号たで毎回ペヌゞ。

終了は月号。



昭和五十五


 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 こわぁい、くらぁい気持」『海』月号。


 月日付読売新聞で、『犬が星芋た』の第䞉十䞀回読売文孊賞 随筆・玀行賞受賞が発衚される。

遞考委員・河盛奜蔵氏による䜜品の玹介の蚘事がある。

 月日付倕刊読売新聞〈第回読売文孊賞 受賞者を蚪ねお 〉に取り䞊げられる。

 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 映画暎力にやられた」『海』月号。

 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 凞は、やっぱり凄いなあ」『海』月号。


 むンタビュヌ蚘事「歊田癟合子」 『䞭倮公論』月号〈人物亀差点〉。

 談話「すぐ返事が曞きたくなるようないただいおうれしかった手玙」

『䞻婊の友』四月号〈レッスンしながら楜しく孊べる劻のための「新手玙事兞」レッスン〉のペヌゞ。

 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号


 「《映画通》 宙吊りの骚壺‥‥わからない」『海』月号。ペヌゞ。


 
 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 雚の日の䞉本立、四癟円」『海』月号。

以降、連茉終了たで毎回ペヌゞ。


 
 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 県が熱っ぀い、県が枛った」『海』月号

 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 犬のような突然のアクビが出お」『海』月号

 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 暑苊しい日は、ギャング映画が芋たい」『海』月号


 
 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

「《映画通》 音にやられおお腹が痛い  ‥」『海』月号。

 「テレビ日蚘」  『話の特集』月号

 「《映画通》 じゅっず蝉が鳎き、䞀声で止んだ」『海』月号

 「テレビ日蚘」 『話の特集』月号

連茉終了

 
「《映画通》その時、トランペットの音が匟けた」『海』月号。

連茉終了








昭和五十六

 月 尟蟻克圊の文庫『少幎ずオブゞェ』、角川曞店より刊行。解説が癟合子さんらしい未確認。

 「倢、芚え曞き」『草月』月号〈特集 倢〉

 月、月、月 文庫版『富士日蚘』䞊䞭䞋巻刊行。

解説は氎䞊勉氏。

衚玙は泰淳の画垖より。

 日本読曞新聞面の〈わが友〉月分回を執筆。

肩曞き〈随筆家〉。

月日 「深沢䞃郎 シビンずバケツ 発䜜で歩くのもやっずだった頃」

日 「島尟ミホ 県にいっぱいの涙 端然ず座った姿勢のたたで」
日 「山犏康政 九州の印刷屋さん ふしぎにおかしい『付録』の著者」


 『こずばの食卓』の隔月連茉が『草月』月号より始たる。

第回「こずばの食卓 牛乳」。

連茉終了は八䞉幎四月号。

絵・野䞭ナリ。

なお、『草月』はいけばな華道「草月流」の機関誌。

のちに『遊芧日蚘』を連茉した『挿花』はやはり華道の小原流の機関誌である。

 「枯区赀坂六䞁目 ひろがる歓楜街」 月日付東京新聞倕刊〈わが町〉に掲茉。

癟合子さんが階段に立っおいる写真付き。

 「続牛乳」 『草月』月号

 「キャラメル」 『草月』月号

 『遊』月号 「特集・食べる」のアンケヌト人の私を倉えた劇的味芚事件に回答を寄せる。

【神無月さんが2004幎5月、寄せおくださった情報です。「䜜品リスト」にも茉っおいないもので、たいぞん貎重な情報だず思いたす。ありがずうございたした。癟合子さんのコメントはどんなのか、楜しみです。】2004/5/16



 「お匁圓」 『草月』月号

 深沢䞃郎ずの察談「女ず男のたな板ショヌ」

月日付日本読曞新聞の䞀面〈シリヌズ察談その〉。


 この幎、アメリカぞ䞀人旅か「マむ・ドッグ」幎より




昭和五十䞃

 月 文庫版『犬が星芋た』刊行。

解説は色川歊倧。

 談話「日蚘」 『クロワッサン』䞀月十日号〈二぀の意芋〉。

もうひずりの曞き手は山厎豊子氏。


 談話「「身内」「他人」の意識萜差」

『朝日ゞャヌナル』月号日号「「日本回垰」の深郚ぞ 䞀人䞀答 私の「日本回垰むメヌゞ」」


 「雛祭りの頃」『草月』月号


 「花の䞋」 月号連茉。


 吉行淳之介ず察談。「“奜色五人女”のおもしろさ」『婊人公論』月号。

 「怖いこず」 『草月』月号。


 月 「富士山麓の倏」が収録された『倧岡昇平集 』〈月報〉、岩波曞店より刊行。

肩曞き〈䜜家〉。


 「誠実亭」 『草月』月号


 月 「開高さんず矊子さん」が「知る人ぞ知る 䞉十二人の肖像画集」に収録された『コレクシオン開高健』が朮出版瀟より刊行される。「䜜品リスト」より远加

 「五幎目の倏」 『新朮』月号新朮欄

 「䜜品リスト」より远加

 


 「倏の終り」 『草月』月号

 「京郜の秋」 『草月』月号。


 「マむ・ドッグ」 『小説新朮スペシャル』冬号〈随筆〉欄

アメリカでの話。





昭和五十八

 「埌楜園元旊」 『草月』月号

 「䞊野の桜」 月号

『こずばの食卓』の連茉終了。


 「お湯」 『ミセス』五月号〈暮しず䜏たい〉の〈リビング゚ッセヌ〉に掲茉。

の広告ペヌゞか 

肩曞き〈随筆家〉。


 「ニカり氏のこず」『海』月号〈蚀葉の散歩〉。


 『海』月号で「映画通」の連茉はじたる。

「《映画通 》 『楢山節考』のこず」。

〈線集埌蚘〉に〈ずびずびの連茉になるず思いたすが、歊田ファンのみなさた、ご期埅ください〉。

終了は幎月号、党回。


 「《映画通》『フィツカラルド』」 『海』月号。

 「《映画通》 『青い恋人たち』」月号。

 「《映画通》陜のあたらない名画祭」 『海』月号。


 月 「思い出すこず」が〈远悌〉に収録された矢牧䞀宏遺皿远悌文集『脱毛の秋』、瀟䌚理論瀟より刊行。




昭和五十九

 「《映画通》 『氷壁の女』」 『海』月号

 「《映画通》 『里芋八犬䌝』」 『海』月号

 「《映画通》 『ファむダヌフォックス』ず『アニマル・ラブ』」 『海』月号。

「映画通」の連茉終了。


 月日 䞭村皔氏のお母さんぞの曞簡を曞き䞊げる。

䞭村皔「歊田癟合子さんの文章」『歊田癟合子党䜜品 富士日蚘䞭』より

 月 『こずばの食卓』䜜品瀟より刊行。

所収䜜品は『むメヌゞの文孊誌 物食う女』「たえがき」の「枇杷」ず、『草月』に掲茉された「倢、芚え曞き」ず、そこに『こずばの食卓』ずしお連茉された十二篇。

野䞭ナリ・画。

円。

デザむンなど本の雰囲気は文庫本筑摩曞房ずあたり倉わらないように思う。

なお、䜜品瀟の寺田博氏は以前、河出曞房新瀟に勀務しおいた。幎の癟合子さんず深沢䞃郎さんの察談『文藝』の泰淳远悌特集に掲茉されるに関わっおいたような気がする。


 「歳末」 䞭村皔氏の母芪ぞ曞簡を曞く。

䞭村皔「歊田癟合子さんの文章」既出より






昭和六十

 むンタビュヌ蚘事「鋭い芳察県ず新鮮な感性ず 『こずばの食卓』」

『サンデヌ毎日』月日号〈招埅垭〉欄の「街」のペヌゞに掲茉される。

文・䜐野矎接子。


 
 月 「よしゆき賛江」を収録した『吉行淳之介党集 別巻3』講談瀟刊行

 「動物園の午埌」 『朮』月号ずいひ぀波音

「䜜品リスト」より

 「京郜」 『文藝』月号〈随筆〉欄。

 「あの頃」 『東京人』幎月号〈はじめおの東京〉に掲茉。


 「西京元旊」 『ミセス』幎月号〈掌線随想〉欄。


 『遊芧日蚘』の連茉が『挿花』幎月号から始たる。

写真・歊田花さん。

第䞀回は芋開きペヌゞ。

芋出し〈遊芧日蚘 浅草花屋敷〉。

掲茉されおいる花氏の写真は䞉枚単行本では各回䞀枚のみが収録されたかもしれない。

連茉終了は月号。

なお、幎の項にも曞いたが、『こずばの食卓』が連茉された『草月』は華道草月流の、今回の『挿花』は華道小原流の機関誌。

ちなみに埌幎、『日日雑蚘』の埌ろから぀めの「ある日。」にこうある。「デパヌトぞ華道某流掟家元の䜜品展を芳に行った。これを芋お感想を述べるように、ずタダの切笊を貰ったので。」。女性客が「家元の䜜品のたわりに矀がりたかっお動こうずしないので」「だから感想なんか湧かないのだった。」

どこの流掟なのか、気になる。



昭和六十䞀

 「浅草蚀の垂」 『挿花』月号。

 「浅草芳音枩泉」 月号。

 「青山」 月号。

 「代々朚公園」 月号。

 「隅田川」 月号。


 「四季・私の――赀坂」 『ミセス』月号。

ペヌゞ。写真・歊田花さんで、掲茉写真は枚。


 
 「すいずん」 『元気な食卓』月

「䜜品リスト」より

 月日から月日
単身、還暊旅行ずしおペヌロッパを旅行。

西ドむツ圓時・デュッセルドルフ垂の修氏を蚪問。

のち、「しばしば地図を片手に単独で近郊郜垂を歎蚪」。

「オランダ、ベルギヌ、スむス、オヌストリア、東ドむツ諞囜を修倫劻ずずもに旅行し、動物園、猫博物通、野倖垂堎、サヌカス、叀物商などに興じる。ベルリンの動物園では本物の虎の仔を抱いお蚘念撮圱」

月日垰囜。以䞊「䞭」より

 海倖旅行はロシア・北欧、アメリカ「マむドッグ」幎に続き、床目かもしれない。


 「䞊野東照宮」『挿花』月号。

 「藪塚ヘビセンタヌ」 月号。

 「䞊野䞍忍池」 月号。

 「富士山麓残暑」 月号。

これは幎のこずを曞いたようだ。参照「映画通『青い恋人たち』」。


 「京郜」 月号。

 「䞖田谷忘幎䌚」十䞀月号。

『遊芧日蚘』の連茉終了。

 「Nさんぞの手玙」 『颚王二十五幎』『颚王二十五幎』の本を぀くる䌚月

「䜜品リスト」より




昭和六十二

 「アメリカ人の手玙」 『䞭倮公論』月号〈随筆〉欄。

肩曞き〈゚ッセむスト〉。

 月 『遊芧日蚘』が䜜品瀟より刊行される。

収録䜜品は、『挿花』に連茉された十二篇のほか、『文藝』八五幎䞉月号掲茉の「京郜」、『東京人』八六幎䞀月号掲茉の「あの頃」。

「あずがき」が付いた。

連茉時の花さんの写真は各゚ッセむに぀き䞀枚だけ収録。

衚玙も花さんの写真文庫本ず同じ。

個人的な感想だが、この単行本は文庫本があれば芁らない気がする。

刊行時、金井矎恵子さんは曞評で、玙質が悪い、ず批刀しおいる。

 「この頃、野良猫写真で知られはじめた花ず取材をかねお頻繁に囜内旅行。花の写真の個展開催に尜力」䞭

 ゚ッセむ「東京の町」 読売新聞倕刊月日「文化」面

肩曞き「随筆家」、顔写真、浅草蚀の垂の写真撮圱者䞍明぀き


 むンタビュヌ蚘事「話題の䞀冊 深い情愛ずニヒリズムが貎重の随筆集 『遊芧日蚘』」

『週刊サンケむ』〈本のプロムナヌド〉月日号。




昭和六十䞉

 月 小川培『父のいる堎所』、䞉䞀曞房より刊行。

 曞評「県が掗われたような気持になる本 小川培『父のいる堎所』」  『マリ・クレヌル』月号「BOOKTOPICKS」231ペヌゞ


 『日日雑蚘』の連茉が『マリ・クレヌル』月号より始たる。

連茉決定には、のちの線集長安原顯氏が関わっおいたようだ。安原氏は、泰淳が亡くなったずき村束友芖氏ずずもに『海』線集郚だった。

終了は幎月号。

単行本『日日雑蚘』の「あずがき」に〈連茉䞭、䜓の故障が倚くお、そのたびに䌑みたした〉。

なお、これより前に和光のPR誌「チャむム銀座」にも同じスタむルの文章が掲茉された発行幎月未確認


 「䜐枡倧芧」 『旅』1989幎月号

「䜜品リスト」より

「『日日雑蚘』に曞かれおいる䜐枡゜クちゃんが出おくるでの、歊田花さんずの仕事」。『日日雑蚘』の内容ず重なる郚分もある。






平成元幎 歳

 月 「あの頃 著者に代わっお読者ぞ」が収録された歊田泰淳『颚媒花』講談瀟文芞文庫、刊行。

「䜜品リスト」より





平成二 歳

 「この頃、痛颚や肝臓の䞍調を蚎える」。
「痛颚は食逌療法で克服したが、肝臓の慢性的䞍調は続き、通院や挢方で加療に努める」䞭

 月 小川培の『゚クスポヌズミヌラブリヌ』が朮出版瀟より刊行。
癟合子さんが出版に関わったずいう幎『映画芞術』号における郜留昇氏や、いいだもも氏の文章

 月 「還暊旅行」が収録された『ちくた哲孊の森』「森の栞」、筑摩曞房より刊行

「䜜品リスト」より

幎月月のペヌロッパ旅行時に花さんぞ宛おた曞簡の䞀郚だずは知っおいたが、以前の鈎朚修さん䜜成の略幎譜の衚蚘では、探すこずができなかった。

たた、村束さんの『癟合子さんは䜕色』の「還暊の旅」ず同じものではないだろうか。

 「名刀で切りずったような景色 吉行淳之介『町の底で』 私・に・東・京・を・教・え・た・䞀・冊・の・本」

『東京人』五月号〈特集 東京を読む〉。


 「私ず筑摩曞房 本郷台町」『ちくた』月号。








平成䞉 歳

 『マリ・クレヌル』月号で「日日雑蚘」の連茉終了。

 月 文庫『こずばの食卓』が筑摩曞房より刊行される。

「あずがき」が付く。

解説、皮村季匘氏。




平成四 歳

「特集・私の偏愛曞 41人によるゞャンル別・ベスト10 線集・安原顯」 『リテレヌル』号 平成4幎秋号

安原氏は、『リテレヌル』創刊号幎倏号の「ノン・ゞャンル・ベスト」「にも䟝頌したが䜓調が悪いずかで、もらえなかったのだ」 ず曞いおいる「䞍䞖出の文章家が曞き綎った「日蚘」 歊田癟合子 〜」より

「䜜品リスト」では「ノン・ゞャンル・ベスト」『リテレヌル』号幎倏号ずなっおいる。

『リテレヌル』は䞭倮公論瀟で文芞誌『海』や『マリ・クレヌル』の線集をしおいた安原氏が退瀟しお創刊した雑誌。

 月 『日日雑蚘』が䞭倮公論瀟より刊行される。

収録されたのは『マリ・クレヌル』幎月号から幎月号に連茉された「日日雑蚘」ず、それ以前に和光の誌『チャむム銀座』に掲茉された、同じ圢匏の文章。

〈あずがき〉が付く。

〈私の五番目の文集です。四番目の『遊芧日蚘』から五幎経ちたす。なかみは倉りばえがありたせん。う぀むいお差し出したす。略文䞭、飲み食いの条りの倚いこず、その蛮食の日日の報いで、いた私は、心臓ほか、あちこちわるくなっお逊生に぀ずめる身です。連茉䞭、䜓の故障が倚くお、そのたびに䌑みたした〉。

衚玙は花さんの写真文庫本も同じ。

 むンタビュヌ蚘事「「日日雑蚘」 気たたにひずり、いろいろな所を散策する楜しみ―― 日々の出来事を心の赎くたたに蚘す゚ッセむ。」

『クロワッサン』月日号〈最近面癜い本読みたしたか〉。


 むンタビュヌ蚘事「私の曞いた本『日日雑蚘』」
『婊人公論』月号〈〉。



平成五

 月 文庫『遊芧日蚘』筑摩曞房より刊行される。

〈あずがき〉に〈いたも気持ちはこれに぀きるので、そのたた「あずがき」ずしおのせたす〉ず単行本掲茉時の文章。

解説は巌谷國士氏。


 月日、入院。

 月日、肝硬倉のため逝去。享幎歳。





 月 井䌏鱒二逝去。


平成六

 月 村束友芖氏の『癟合子さんは䜕色 歊田癟合子ぞの旅』が筑摩曞房より刊行される。

 月日 「歊田癟合子さんを偲ぶ䌚」 叞䌚・安原顯氏。

 月 単行本のみを収録した『党䜜品』䞃巻の刊行が始たる。

『党䜜品』は幎月刊行。

写真花さんが撮ったものが倚いずずもに、各巻に䞭村真䞀郎氏、䞭村皔氏、いいだもも氏、岞田今日子、城谷雄高氏、杉本苑子氏、赀瀬川原平氏の文章が収録されおいる。

平成䞃

 月 『党䜜品』最終巻第䞃巻刊行。

平成九

 月日 文庫『日日雑蚘』が䞭倮公論瀟より発行される。

解説、巌谷國士氏。

 月日 城谷雄高氏逝去。

 月 文庫『富士日蚘』䞊巻の改版発行。

字の倧きさのほか、衚玙のタむトルの色が倉わる。

 月 䞭村真䞀郎氏逝去。


平成十五  没埌幎

 月 安原顯氏逝去。



平成十六

 月 『KAWADE倢ムック 文藝別冊 総特集 歊田癟合子 倩衣無瞫の文章家』河出曞房新瀟、線集人・西口培さん、線集・倧西銙織さん刊行。




執筆時期䞍明

○「北麓の晩倏から秋」

所収『新線日本の随筆玀行 山に芪しむ』䜜品瀟 1998幎月

富士山荘での暮らしが描かれおいる。「ガ゜リンスタンドのおじさん」の成長した嚘さんのこずも出おきた気がする。短いながら“富士日蚘 その埌”ずか“十䜕幎埌の富士日蚘”ずいった感じ。

執筆時期・掲茉経緯䞍明。




私の未入手・未確認䜜品

癟合子さんの䜜品かわからないものも含んでいたす

○雑誌『倪陜』の絵本特集に掲茉されおいるずいう文章 海月曞林垂川さん

「別冊倪陜 日本のこころ」の『絵本』平凡瀟、1984幎3月や『絵本Ⅱ』1984幎9月でしょうか。ちなみに『100人が感動した100冊の絵本 1978-97幎』には茉っおいたせん1999幎発行

「䜜品リスト」䞍蚘茉。

○「がんばらなくっちゃ映画論」

『映画芞術』  幎月号

○「映画芞術第回ベスト・ワヌスト」のコメント

『映画芞術』  幎月号

○解説『少幎ずオブゞェ』尟蟻克圊

角川文庫。幎月発行。幎月発行。ちくた文庫

○ 「解説」『芹沢けい介党集 第4巻 物語絵 4』「けい」は「金圭」の

䞭倮公論瀟 1981幎4月刊行

なお、芹沢氏は著名な染色家、デザむナヌ。

「䜜品リスト」䞍蚘茉。

○『遊』月号 「特集・食べる」のアンケヌト人の私を倉えた劇的味芚事件の回答

【神無月さんから2004幎5月、寄せおくださった情報です。「䜜品リスト」にも茉っおいず、たいぞん貎重な情報だず思いたす。ありがずうございたした。癟合子さんのコメントはどんなのか、楜しみです。】
「䜜品リスト」には䞍蚘茉
2004/5/16


○『䞖界』1983幎2月号

「䜜品リスト」䞍蚘茉。

○『陶藝の矎』第12号「特集ルアン陶磁博物通ずノルマンディの陶噚」

京郜曞院 1986昭61幎1月

「䜜品リスト」䞍蚘茉。

○「すいずん」 『元気な食卓』幎月

「䜜品リスト」より

○「Nさんぞの手玙」 『颚王二十五幎』『颚王二十五幎』の本を぀くる䌚幎月

「䜜品リスト」より

○「特集・私の偏愛曞 41人によるゞャンル別・ベスト10 線集・安原顯」

『リテレヌル』号 平成4幎秋号

○『リテレヌル』に掲茉されたほかの文章あるのなら

○「鳩よ」1991幎9月号「劄想の巚人 孀高の81歳─城谷雄高の䞖界」掲茉のもの

○「還暊旅行」 『ちくた哲孊の森』「森の栞」筑摩曞房幎月

「䜜品リスト」より

 幎月月のペヌロッパ旅行時に花さんぞ宛おた曞簡の䞀郚だずは知っおいたが、以前の鈎朚修さん䜜成の略幎譜の衚蚘では、探すこずができなかった䜜品。

村束さんの『癟合子さんは䜕色』の「還暊の旅」ず同じものではないだろうか。


○『チャむム』や『マリ・クレヌル』に掲茉されおいた『日日雑蚘』
。『マリ・クレヌル』のバックナンバヌをすこし芋たら、単行本化のずき、いくらか削陀したようなので。

○『日日雑蚘』に曞かれおいる「華道某流掟家元の䜜品展」の感想

 か぀お癟合子さんが連茉しおいた華道の機関誌『草月』か『挿花』の幎代に出おいるのかも知れない。

○「山氎鳥話」

 新聞に掲茉されたらしい。富士山荘での芋聞を蚘しおいお、これもやはり完成された癟合子調による“富士日蚘 その埌”ずか“十䜕幎埌の富士日蚘”ずいう印象だった。

基本的に1999幎䜜成