金をめぐる人々から目が離せない!――『ダンバー メディア王の悲劇』エドワード・セント・オービン、小川高義訳(集英社)

「語りなおしシェイクスピア」シリーズ第2弾。 『リア王』は厳しく怖い悲劇のイメージがあったのだけど、訳者あとがきによれば、本作はエンターテインメントであるようだったので読み始めた。 『獄中シェイクスピア劇団 テンペスト』アトウッド →『ヴィネガ…

楽しいびっくり箱、本はパンドラの箱 『となりのブラックガール THE OTHER BLACK GIRL』ザキヤ・ダリル・ハリス、岩瀬徳子訳、早川書房

新年、欧米の現代小説3冊め。けれども、比較にならないくらい読みにくかった。 前の2冊(ユーリ・ツェー『人間の彼方』、アン・タイラー『ヴィネガー・ガール 語りなおしシェイクスピア じゃじゃ馬ならし』)がいかに国外のいろいろな人にも読みやすいよう…

発達障害じゃない? 『語りなおしシェイクスピア3 じゃじゃ馬ならし ヴィネガー・ガール』アン・タイラー、鈴木潤訳、集英社(ホガース・シェイクスピア・シリーズ)

作者(Anne Tyler)が著名な小説家であることも(ピューリッツァー賞受賞)、ヴィネガー・ガールという言葉も、まったく知らなかった。 手に取ったのは「語りなおしシェイクスピア」シリーズだったから。 最初の読後感はあっさりしていて、「テンペストの語…

都会と田舎ーー『人間の彼方』ユーリ・ツェー

小説『人間の彼方』(ユーリ・ツェー、酒寄進一訳、東宣出版)がよかった。コロナ禍のドイツの首都ベルリンと、地方の保守的な村。2か所の生活が描かれている。主人公のパートナーはコロナ禍でインフルエンサーとなり、主人公の父親は大病院の医師。こうい…

『推し、燃ゆ』宇佐見りん(河出書房新社)  ADHD・ASD女子×アイドル *令和のカフカ『変身』

この小説について、ぴったりだと思ったコメントがある。ノンフィクション作家、高野秀行氏の書評である。 「ADHDならではの守備範囲の異常な広さ、ASD特性全開の細部への狂気じみたこだわりで、私の中の春樹ワールドが10倍ぐらいに拡大した。」 この高野氏の…

高木和子著『源氏物語を読む』を読んで~好感度の高きも低きも~ 

『源氏物語を読む』(岩波新書)は桐壺巻~夢浮橋までの全巻のあらすじを中心に書かれていて、それで終わる。すっきりとしてシンプルな入門書かもしれないけど、とてもおもしろい。久しぶりにこういう本を読んだ、と思った。源氏物語について、エッセイでは…

2020年点描~春分から4月~

春分の日、神社のある里山に3本の桜が咲いていることに気づいた。濃いピンク色の2本と、薄いピンク色――ふつうの桜色、桜もちの色―-の1本。きっと、数日前から咲き始めていたのだろう。 うれしい。極めてうれしい。 もう2月から、ホトケノザなどの野の花…

山まで行ってみた

山まで、久しぶりに行ってみた感想。 展望台や、3本の中継塔が遠くからも見えるので、流域の山々では見つけやすいほうの山だと思う(標高数百m)。 * * * * 山に入ったばかりは、うるさいくらいに鳥の声が聞こえた。地面は青草に覆われて、一面の枯葉だった…

山へ行ってみた

山まで行ってみた感想。 展望台や中継塔が麓からも見えて、地域の山々のなかでは探しやすいほうの山だと思う。 * * * * 道にはもう、薄紫色のフジの花が散っていた。花びらというより花つぶ、という感じ。何かの文字のようにも見える。点々と落ちている花が…

久しぶりに山まで行ってみた

久しぶりに山まで行ってみた感想。 標高は数百メートル。 ただ、展望台や中継塔が麓から見えて、地域の山々のなかでは目立つ方の山。 麓から見ると、山頂の方にも新緑の木が点在していた。山全体が新緑になりつつある。 淡く白っぽい、柔らかそうな若葉が何…

温度をもたないわたしたち――カズオ・イシグロ『わたしを離さないで 』の感想

『日の名残り』は皮肉っぽくていいとは思わなかったけれど、この小説はノーベル賞にふさわしいと思った。 忘れられないから。 一番のテーマはたぶん「ロスト(lost)」で、ロストされたもの、失われたものへの切実な気持ちだと思う。 還らぬ青春や学校時代、…

源氏物語の年末年始の場面を読んでみたら

年末だから、『源氏物語』の年の暮れの場面を読んでみよう、と開いたら、驚くくらい寒くて、わびしい年末を目撃。 それは「末摘花」巻の故常陸宮邸の描写で、正しくは年末より前なのだけれど、歳末という感じがぴったりだった。 ――荒れた邸宅(ぼろ屋敷)を…

源氏物語「幻」巻に重陽の節句が書かれているというので読んでみたら

9月9日は重陽の節句。『源氏物語』には、菊の花の上に綿をかぶせ、その露で身体の老いを拭い、長寿を願う平安時代の風習が描かれています。画像は紅葉山文庫旧蔵の『源氏物語』より「幻」。江戸時代前期の写本と考えられています。https://buff.ly/2gyfsFy …

酷い!真田丸で撃滅された雑兵の気持ち『とっぴんぱらりの風太郎』万城目学著

『ローグ・ワン』と似ているけれど、こちらを読み終わった直後は、怒りすら覚えた。 なぜなら、本を読める時間はあまり無いので、読む本一冊一冊は自分にとって最高の本であってほしい。 (本だけでなく、映画や音楽、マンガに対しても同じように期待してし…

群馬県民の『薄情』絲山秋子さんの小説の感想

『薄情』は、やっぱりおもしろい。 最近また気になっている。 絲山秋子さんの小説である(谷崎潤一郎賞受賞) 高崎市 “移住” 十周年の記念作といえるようだけれど、“移住” 初期の『ラジ&ピース』が明るさが差して、思いやりに包まれ、軽やかで、まるで色彩…

澤田瞳子さん『孤鷹の天』『若冲』『夢も定かに』

澤田瞳子(さわだとうこ)さんは気になる小説家だ。 初めて知ったのは『孤鷹の天(こようのてん)』の短評だった。 奈良時代が舞台の優れた青春小説、というような紹介に、強い興味が湧いて読むと、全体は生硬な印象だけれど、ほかの小説には持ったことのな…

高橋源一郎訳「方丈記」は訳ではなかった!(日本文学全集)感想

インターネットで評判を知り、興味が湧いて読んでみた。 夕食前のひとときに、夢中になってページをめくった。 「おもしろい!」 方丈記は、もともと好きな古典である。 関心をもっている家/住まいについて論じられているし、とても短いからだ。 四〇〇字詰…

『ジニのパズル』読後に完成する美しいパズル:感想

発売後から評価の高いことや、芥川賞候補に選ばれたことも知ってはいたけれど、手に取ったのはテレビ番組『アメトーク』の「読書芸人」の回で俄然、興味を掻き立てられたからだ。 わくわくして読んでみると、予想以上に粗削りで陳腐だった‥‥ ところが今は、…

A国大統領選からの源氏物語――紫式部がいる!

政治のできごとや社会の様子に「現代の世界は最悪かも‥‥」と絶望しかけたとき、ある本のことを思い出したら、元気になれた――その本が『源氏物語』である。 主人公の光源氏は徹頭徹尾、理想的な男性だ。 だから、実際の当時は、そうではない支配者層の男性や…

絲山秋子さん『薄情』谷崎潤一郎賞@群馬県(3)

主人公はふつうの群馬県民ではない。 だからいいのだ。 『薄情』の絶妙な味わいは、「宇田川静生」がふつうの群馬県民ではないことに起因している。 「おれ」はいうなれば、半神半獣ならぬ、半深半住だ。 県北の嬬恋村に五か月くらい住み込んで、キャベツ収…

絲山秋子さん『薄情』谷崎潤一郎賞@群馬県(続)

群馬県民としての違和感について。 たとえば、わたしは『薄情』の舞台とおなじ平野に住んでいたけれど、「あの大雪」についての感想は違う。 1日め 降雪予報は知っていた。 けれども夕方、翌日の気の進まない集まりに対し、「雪が降ったら行くのがめんどう…

絲山秋子さん『薄情』谷崎潤一郎賞@群馬県

2016年、群馬県民はある文学賞のニュースに大喜びした。 ノーベル文学賞ではない。 発表の翌日だったかには 「絲山さんがナントカっていう賞もらったんだってね!」 「すごい賞ですよね。よく話題になる芥川賞なんかより」 「そうなの!?」 「芥川賞って年…

フジバカマの香りまとう源氏物語の貴公子たち

「フジバカマに王朝人の芳香」という読売新聞の記事がおもしろかった(2016年10月6日付) 『暦めくり』という連載記事で、執筆者は斎藤雄介氏(編集委員) 葉を乾燥させると、甘い芳香がする。 中国では、若葉をもんで髪の毛にしのばせ、湯に入れて浴し、ま…

『涙から読み解く源氏物語』で読む源氏物語

『涙から読み解く源氏物語』鈴木貴子氏(笠間書院/2011年) この本を読みながら、源氏物語について、つらつら思ったことです。 【涙から読み解く源氏】 光源氏はよく泣くと言われるけれど、一般的に女性的、と言われる要素を持っているところがふしぎな魅力…

二つの時間を生きる『シン・ゴジラ』―災後の傑作だ

目撃せよ、この神話! 『シン・ゴジラ』(庵野秀明/総監督・脚本)を観ると、二つの時間を生きることになる。 それは、ゴジラを知らない時間と、東日本大震災を知らない時間である。 東京湾――江戸前――に、のたうつ尾っぽ(巨大なミミズみたいだった。あと恐…

私も拾いたい―鴻池朋子の「あたらしいほね」"根源的暴力vol.2"の感想

「あたらしいほね 鴻池朋子展 根源的暴力vol.2 A New Species of Bone Primordial Violence」 群馬県立近代美術館(高崎市) 「あたらしいほね」、とか「根源的暴力」、というタイトルだけだったら行かなかっただろう。チラシをはじめ、各種メディアに掲載さ…

ネクトンの事考えてまう…絲山秋子「ネクトンについて考えても意味がない」

絲山秋子さんの中編『小松とうさちゃん』は魅力的な(恋愛と暴力についての)小説だけれど、単行本に同時収録されている短編もおもしろい。 『ネクトンについて考えても意味がない』 題名といい、とても新鮮な感じを受けた。 「こういう内容、設定の小説を知…

幸福な末裔――小松とうさちゃん、と絲山秋子さん

【ふつう、母の遺産なんか、何もないんだよ?】 水村美苗さんの長編小説『母の遺産』を読むと、下降感にやられる(2010年〜読売新聞連載) 没落して、老後に突入する怖さでいっぱいになってしまう。 気の利いた人はみなああいうマンションに移り始め、このま…

椿餅と源氏物語――次代の低き貴公子達と恋の終幕

(承前) 椿餅を、蹴鞠の後の宴で若い貴族たちがはしゃぎながらつまむ「若菜 上」。 つづく「若菜 下」では、恋心の高じた柏木がついに侵入し、女三の宮は妊娠してしまう(次巻「柏木」で男児の薫を出産)。 世間からすると、栄華を極めた源氏が老いてなお、…

椿餅と源氏物語――いはけなき柏木物語「若菜」

(承前) 柏木が女三の宮を見た蹴鞠のあと、源氏は"東の対の南面"で人々をもてなす(「若菜 上」) 華やかなイベントは新婚の宮側に見せて、準備の必要な宴会は、センスが良くて女主人として有能な紫の上側に任せる、ということだろうか。 殿上人は簀の子に、…