記憶の本棚−ほんの感想

ネクトンの事考えてまう…絲山秋子「ネクトンについて考えても意味がない」

絲山秋子さんの中編『小松とうさちゃん』は魅力的な(恋愛と暴力についての)小説だけれど、単行本に同時収録されている短編もおもしろい。 『ネクトンについて考えても意味がない』 題名といい、とても新鮮な感じを受けた。 「こういう内容、設定の小説を知…

幸福な末裔――小松とうさちゃん、と絲山秋子さん

【ふつう、母の遺産なんか、何もないんだよ?】 水村美苗さんの長編小説『母の遺産』を読むと、下降感にやられる(2010年〜読売新聞連載) 没落して、老後に突入する怖さでいっぱいになってしまう。 気の利いた人はみなああいうマンションに移り始め、このま…

椿餅と源氏物語――次代の低き貴公子達と恋の終幕

(承前) 椿餅を、蹴鞠の後の宴で若い貴族たちがはしゃぎながらつまむ「若菜 上」。 つづく「若菜 下」では、恋心の高じた柏木がついに侵入し、女三の宮は妊娠してしまう(次巻「柏木」で男児の薫を出産)。 世間からすると、栄華を極めた源氏が老いてなお、…

椿餅と源氏物語――いはけなき柏木物語「若菜」

(承前) 柏木が女三の宮を見た蹴鞠のあと、源氏は"東の対の南面"で人々をもてなす(「若菜 上」) 華やかなイベントは新婚の宮側に見せて、準備の必要な宴会は、センスが良くて女主人として有能な紫の上側に任せる、ということだろうか。 殿上人は簀の子に、…

椿餅と源氏物語――不穏で退廃的な春の六条院

源氏物語に桜餅ならぬ椿餅(つばきもち)というお菓子を、若い貴族がふざけながら食べるシーンがある、という記事に引きつけられた。 若い貴族が蹴鞠を楽しんだあと、椿餅をふざけながら手に取って食べる場面がある。 ここでもつばきは若さの象徴だ。 読売新…

『伊豆の踊子』川端康成←→ベルリンの『舞姫』森鷗外(鴎外)

森鷗外(鴎外)の『舞姫』を好きな人、熱烈なファンって今どれくらいいるのだろうか? 高校の国語の教科書に載っているので、現代の多くの読者は学生だろう。 学生たちはこの小説をどう評価するのだろうか。 「太田豊太郎君、君は間違っている」という激しい批…

ホラー×モンスターの『けむたい後輩』柚木麻子

『けむたい後輩』は今一番好きな小説だ。 だから、『ダ・ヴィンチ』2015年12月号「柚木麻子特集」での作家のコメントは驚きだった。 わたしにとって、真美子はモンスターだし、栞子が幸福だとは思えないからだ。 栞子は何も生まず、消費し、だめ男に搾取され…

影のヒロイン「いと不調なる娘」が見せる貴族社会

源氏物語の“正編”(光源氏が生きている「幻」までとする)において、取り上げるべき女性登場人物(キャラクター)といえば、藤壺の中宮、紫の上、六条の御息所、明石の君、朧月夜、空蝉、末摘花、夕顔、玉鬘、朝顔の姫君、女三の宮、葵の上、花散里、弘徽殿…

須賀敦子さんの指さす世界、書いた世界――『モンテ・フェルモの丘の家』『須賀敦子全集4』

須賀敦子さんが書いてくれたから、知った作家、読んだ本がある。 ナタリア・ギンズブルグ、須賀敦子訳『モンテ・フェルモの丘の家』(『池澤夏樹個人編集 世界文学全集』河出書房新社) 久しぶりに読んだ。 原題は『町と家』『都市と家』だったというが、そ…

坂田和實『ひとりよがりのものさし』――大いなる勘違い

坂田さんのことを知ったのは青柳恵介の『骨董屋という仕事』という本(平凡社)を読んだときで、20代だった。 そもそもの始まりは『一万円の骨董・アンティークス』という末続堯の本(京都書院アーツコレクション)との出会いだった。 『一万円の骨董・ア…

群馬県高崎市紅雲町が舞台――吉永南央『珈琲屋こよみ』シリーズ

書店の地元作家コーナーで名前を見た気もするが、何も知らないまま手に取った。 わたしが机に置いたその本に、ある人が手を伸ばした。 紅雲町にいたことがあるのだ。 そう、「紅雲町」は実在する。 女子高があり、東京へつながる駅、県庁に近い――群馬県前橋…

黄金の時代、ゴールデン・エイジ →→平安時代、藤原時代

日本の歴史で一番引きつけられるのは、平安王朝、藤原氏繁栄のころ。 個性を持った、いろいろな女性の様子が生き生きと書き残されているからだ。 たしかに宮廷は後もずーっと続き、女房(上級召使い)も存在した。 鎌倉時代も、貴族女性が新鮮で深遠な和歌世…

諸兄による源氏物語ブック

源氏物語についての本を読むと、尊敬すべき諸姉に出会えるけれど、もちろん諸兄の本にも教えられてきた。 筆頭は橋本治氏。 『源氏供養』(中公文庫) 初めて読んだのは、橋本治節に夢中だった高校時代かもしれない。 源氏物語についてほとんど知らなかった…

源氏物語パスファインダー/源氏物語ブック

ことしの大学入試センター試験の国語は、古文の問題が難しく、全体の平均点も最低だったらしい。 たしかに『源氏物語』は、和文体の「小説」の最高峰だ。 けれども、屈折した心理が精緻、複雑な文体で織りなされている世界に、楽しく気軽に入っていける本が…

アリス・マンロー × 源氏物語――「夢浮橋」の彼岸

ノーベル賞受賞をきっかけにアリス・マンローの小説を読んだ。 短編「次元」(『小説のように』)を読んだとき、「紫式部はこういう小説を書きたかっただろう」と思った。 源氏物語ははじめ、華やかな歴史物語であり、「若菜」以降も光源氏の退場までは、陰…

センター試験で読む『源氏物語』−エリート夕霧の恐ろしい愛−

「大学入試センター試験にいい思い出がない」とか「興味がない」という人もけっこういるかもしれない。 自分もそうであったが、そんな方々にも、国語の本文(テキスト)を名文のアンソロジーとして読んでみることをおススメしたい。 評論(大問一)は新鮮な…

アリス・マンロー ――荒れた世界で生きる

やんごとなき読者も愛読す アリス・マンローの3冊の小説を夢中になって読んだ。 この作家のことを知ったのは、イギリスのエリザベス女王が読書好きに変わっていく『やんごとなき読者』(アラン・ベネット。市川恵里訳)で。 古今のいろいろな作家の名前が出…

“あかりの湖畔”の近くに暮らして

登場人物の三姉妹が描き分けられているすてきなカバー(画・木村彩子さん)の単行本を裏返して、ハッとした。「あ、榛名湖と榛名富士!」 山と湖面、手前に梢、という風景の絵が、よく観光用に使われている榛名湖の写真とそっくりに見えたのだ。 読売新聞で…

自己啓発書が好き――『風姿花伝』世阿弥

書店の棚や、売り上げランキングを見ると、世の中には自己啓発書があふれている。 「自分には必要ない」と思っていたが、ふと気づいた。 世阿弥の文章は、断片であっても、りっぱな自己啓発書ではないだろうか。 有名な『風姿花伝』は、深刻幽玄、むずかしそ…

さは自らの祈りなりける―源氏物語ミステリ『望月のあと』森谷明子

小説、テレビドラマ、映画など、世の中にはミステリー作品があふれていても、自分は興味がないと思っていた。 しかし、『ビブリア古書堂の事件手帖』(三上延)の発売日はチェックしていたし、『千年の黙(しじま) 異本源氏物語』→『白の祝宴 逸文紫式部日…

極上の愉楽『ビブリア古書堂の事件手帖 4』三上延

既巻でもSF、コバルト文庫、まんが、いわゆるサブカルチャー的な作品や、アニメ、絵本とともに、それらとは対極的な、国語の教科書に載っている文豪(的存在)の本が取り上げられてきた。 そして、どの話でも、基本的知識から驚きのトリビアまでが織り込ま…

本をめぐる愉楽『ビブリア古書堂の事件手帖』三上延

作者によれば後半に入ったという4巻までについて、勝手な私的ランキングを挙げたい。 1位 3巻『栞子さんと消えない絆』 2位 2巻『栞子さんと謎めく日常』 3位 1巻『栞子さんと奇妙な客人たち』 最新刊『栞子さんと二つの顔』も好きだけれど、なぜか既…

超然を支えるもの――絲山秋子『作家の超然』

『作家の超然』(『妻の超然』所収)は忘れられない小説だ。 連作3編の掉尾にふさわしい作品であるだけでなく。 絲山秋子さんによる群馬県の小説では、木々の緑が光り輝いているラストの『ばかもの』、「FMぐんま」内部を覗くような期待感と主人公の快復…

はんぱ者、読書をす。『終わらざりし物語』J.R.R.トールキン

前にもふれたように、『指輪物語』を通して読んだのは1回だけ。 『指輪物語』のことは、すごい、と感嘆している。 読んでいた時も、最初のあたりは長〜い描写に無理をしたり、女性がなかなか活躍しないのでイライラしたけれども、後半はページをめくるのも…

2013講書始 『ホビットの冒険』トールキン・瀬田貞二訳

このタイトルに、多くの人は変な気がするだろうし、不遜と感じるかもしれない。 一般的に想起されるのは皇居の行事であり、それは講書始の儀といわれ、学問始でもあり、皇族がノーベル賞受賞者らとともに、各界学識者から講義をお聞きになる儀式のようだから…

2013書初 『忘れられる過去』荒川洋治 → 『麦』石原吉郎

荒川洋治さんの文章が好きだ。 平明な文章なのに、語り口が人なつこくて、いろいろ教えられるのだ。 こうした作品を知ることと、知らないことでは人生がまるきりちがったものになる。 それくらいの激しい力が文学にはある。読む人の現実を生活を一変させるの…

2013読書始 『評伝 野上彌生子 迷路を抜けて森へ』岩橋邦枝

野上彌生子の“北軽もの”。 年末2回にわたって取り上げた建築小説『火山のふもとで』(松家仁之著)。 これらを好きなのはなぜか? (『火山のふもとで』には野上弥生子らしい作家「野宮春枝」が重要な人物として描かれている) この本を読んで、その理由が…

2012よかった7冊『流れる』『アフリカの日々』『旅』+α

『流れる』 幸田文 『アフリカの日々』 ディネセン 『旅』 谷川俊太郎・香月泰男 『読み解き源氏物語』 近藤富枝 4位 『流れる』 幸田文(新潮文庫) 高校の図書室は文庫コーナーで、幸田さんの随筆に出会い、夢中になった。 古書店の100均を愛用していたの…

2012よかった7冊『気仙川』『被災した時間』『川の光2』

『気仙川』 畠山直哉 『被災した時間』 斎藤環 『川の光2』 松浦寿輝 1位 『気仙川』 畠山直哉(河出書房新社) 書評で知って手に取り、結局プレゼントとして買ってもらった。 冒頭の文章の内容には、ショックを受ける。 そのうち、ことし通った地域である…

すてきな別荘村に住めなくても『時の余白に』

前に書いた建築小説について、インターネットでの感想には、筆記具などの小物までセンスがいい、などと称賛されている。 そうなのか。 縁がないからまったく、気がつかなかった。 この点について、読者の好みは分かれるだろうと分析している人もいる。 そう…